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第179話

唐煜瓔(とう・いくえい)さま。あなたのように立派な方に、嘘を吐き、結果的に騙したことは、心から謝罪します。けれど、煜瑾(いくきん)を愛する気持ちに偽りはありません」  文維(ぶんい)は真摯な態度で唐煜瓔に語り続けた。 「唐煜瑾を愛しています。この気持ちに、恥じることは微塵もありません」  これと同じ言葉を、煜瓔は聞いた覚えがあった。 「お兄さま。私はお兄さまの代わりに包文維を選ぶのではありません。お兄さまのことは大事な家族として愛しています」  大人びた表情の弟を、まるで別人を見るような目で唐煜瓔は見た。 「でも、文維は生きるために必要な存在なのです。ただ、傍に居て見守ってくれるだけで、私を愛していると言ってくれるだけで、私は生きていく意味を知り、強さを得るのです」  煜瑾は穏やかに微笑んだ。 「そんな難しい事では無いのです。朝、目覚めた時に、今日も文維に会える、文維に愛されている、それだけで一日が幸せになるのです」  唐煜瓔は、ふと過去に引き戻された。  かつて、朝、目が覚めて、今朝も「彼」に会えると胸を高鳴らせた記憶が、煜瓔にもあった。  ただ純粋に、「彼」の姿を目にして、声が聞けたら、それ以上は何も望まない関係だった。煜瓔は、そんなささやかな「幸せ」を、一瞬で喪った。彼の突然の死は、煜瓔に喪失感よりも先に混乱を与えた。  そして、彼への想いが「友情」なのか「恋愛」なのか、1人では解決がつかないまま、今日まで彼を忘れられずに来た。  自分1人では、気持ちの整理がつけられない。  彼さえ、居てくれたら…。 「私は、煜瑾に多くを望みません。傍に居て、煜瑾の心に寄り添って、支えになれたらいいのです。そうして、煜瑾が私に明るく微笑んでくれたら、それで十分です」  包文維の言葉に、唐煜瓔は我に返った。 (傍にいて…、微笑んでくれたら…)  痛みを堪えるように目を閉じた煜瓔の瞼の裏に、明るく微笑む彼の姿が浮かんだ。 「煜瑾を…」  振り絞るような声で煜瓔は言った。 「煜瑾を1人にしないと約束できるのか…」  煜瑾と文維の繋いだ手に力がこもった。 「もちろんです。私は煜瑾を1人にはしません。私自身、煜瑾が居なければ生きていけないからです」  そう言い切った文維の横顔を誇らしげに見つめた煜瑾は、そのまま文維の手を放し、兄に近付くと、ギュッとハグをした。 「お兄さま、ありがとうございます」  煜瓔は弟を抱き締め、柔和な表情で囁いた。 「お前は1人ではない。思うように、生きてみればいい。それでも、いつも私はお前のために、扉を開けて待っていることを忘れないでいておくれ、煜瑾」 「ありがとうございます、お兄さま」  煜瑾をその胸に抱き寄せながら、唐煜瓔は呆然と立ち尽くす包文維に、淡々と声を掛けた。 「包文維…」

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