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第182話

 文維(ぶんい)は、煜瑾(いくきん)の真意を測りかねて、しばらくは、そのはにかんだ美貌を見詰めていた。だが、このままこの話題を避けて通るわけにもいかないと思ったのか、重い口を開いた。 「いいですか、煜瑾。私と同じベッドに入るという意味が、本当に分かっていますか?」  恥ずかしがる煜瑾をからかうようにではなく、真剣な眼差しで問う文維に、煜瑾はドキドキして緊張した。 「文維は…」  強い文維の視線に耐えられず、煜瑾は目を伏せ、小さな声で訊ねた。 「文維は、こんな、私でもいいですか?」  身を硬くして不安に襲われている煜瑾の様子に気付き、文維は少しでも緊張を解こうと、柔らかく微笑み、冗談めかして言った。 「こんなに、綺麗な姿で、美しい心で、カワイイ煜瑾で良いのか、と?」 「ふざけないで下さい」  顔を背けていた煜瑾が、文維を振り仰いだ。そこにあった、熱のこもった厳粛な文維の目に驚く。  まるで獲物を狙う狩人の目だ。以前にも、こんな鋭い視線で煜瑾を見ていた文維だった。  その時は気付くことが出来なかった煜瑾だが、今は、分かる。  どうして、文維が痛いような鋭い視線を自分に向けるのか、今の煜瑾には分かった。 「私が本気になっても、煜瑾は構わないのですか?」  文維の本気の意味を、煜瑾は深刻に受け止めていた。煜瑾なりに、ずっと考えて来たことだ。クリスマスイブの夜に、煜瑾の中では決心は出来ていた。それが、今夜になったとしても、それは自然なことだと煜瑾は思う。 「煜瑾は、それを望みませんか?煜瑾が拒むなら、私は、無理強いはしません」  黙り込んだ煜瑾をどう思ったのか、文維はそう言って、アクセルを踏んで、ハンドルを切った。  静かに進む車の中で、煜瑾は急に親友・羽小敏(う・しょうびん)の言葉を思い出した。 (「小敏がそうしたいなら」と言われたから、かなあ) (なんか、ズルいなあって…)  煜瑾は心の中で何度も文維の言葉を繰り返した。 (煜瑾が拒むなら、私は、無理強いはしません) (煜瑾が、拒むなら…)  車は市内に入り、信号や渋滞で止まることが増えた。 (文維は?文維は、本当はどう思っているのですか?)  煜瑾は、いつものように俯いて唇を噛んだ。 (文維はズルい…。自分がどうしたいのか言ってはくれない。私に決めさせるのは、小敏が言っていた「ズルさ」と同じかもしれない)  そこまで思って、煜瑾はゆっくりと顔を上げた。 (でも!)  煜瑾は、真っ直ぐ前を見て運転をする文維の横顔をソッと盗み見た。 (でも、私はもう文維を信じると決めたのです。それが文維のズルさだとしても、私への思いやりだとしても、文維の言葉を信じなければなりません)  車は南京西路に入った。煜瑾の部屋がある嘉里中心(ケリー・センター)は、もう目の前だった。 「そんなに、簡単に諦めて欲しくはないです…」  煜瑾は、文維を見詰めながら、小さな声でそう言った。

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