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第183話

「もしも、私が拒んでも、文維(ぶんい)には簡単に諦めて欲しくはないです」  レジデンスの専用駐車場に文維の愛車が入って、ゆっくりと停車した。車を停めて、一息ついてから、文維は煜瑾(いくきん)を振り返った。 「簡単に諦めるつもりはありません」  そう言うと、文維は手を伸ばし煜瑾の頬に触れた。そのまま首の後ろに回し、心細げな顔をする煜瑾を引き寄せた。 「私は、煜瑾が私を求めてくれるまで、いつまでも待つだけです」  そう言うと、文維は熱い吐息と共に煜瑾に口づけた。  その熱に浮かされて、煜瑾は文維のジャケットの胸元をギュッと握った。可憐な仕草に、冷ややかなはずの文維の心も震えた。そのまま煜瑾の腕を引き寄せ、抱きすくめ、さらに深いキスをする。  煜瑾も夢中になり、胸元を握っていた手を、文維の背中に回し、さらに体を密着させる。 「ダメ…。ダメです、文維…。こんな所じゃ…」  夢見心地だった煜瑾が、我に返った。恥じらい、胸を押し返し、唇から逃れようとするが、文維が追いかける。 「いけません…、文維。ここでは…、イヤ」    煜瑾の言葉に、やっと文維は愛しい人から名残惜しそうに離れた。その眼が潤んでいるように思えて、煜瑾の胸がまた熱くなる。 「本当は、今すぐにでも、文維が欲しいです」  煜瑾もまた、美しい瞳を潤ませていた。  もう、2人に迷うことは何も無かった。 *** 「それは…スーツですよね?」  文維が後部座席から取り出したのは、ガーメントバッグだった。  煜瑾は自分の手荷物を受け取り、文維の荷物を不思議そうに見ていた。 「もし今夜、あなたとハネムーンに行くことになっても良いように、準備をしていました」  そう言った文維に、煜瑾は楽しそうに微笑む。最初から、今夜は一緒に泊ってくれるつもりで、準備をしてくれていたのが嬉しい。 「ハネムーンは一晩だけなのですか?」 「明日は10時にクリニックに予約が入っています」  にこやかにそう言いながら、2人は肩を並べて歩き出した。 「ここから、クリニックまではすぐですよ」  エレベータを待ちながら煜瑾は嬉しそうに言う。 「9時半まで煜瑾の傍に居ます。ランチもここへ戻ってくるので一緒に食べましょう。午後の診察が終わったら、今度は2人で食事に出ましょう」  文維が夢のような計画を話したが、最後に煜瑾はちょっと眉を顰めた。 「気に入らない?」 「はい…。夜も、ここに帰って来て欲しいです」  恥ずかしそうに言う煜瑾の肩を抱きながら、文維は苦笑してエレベータに乗った。 「文維とは、ずっと2人きりでいたいのです」 「分かりました、王子様」  顔を見合わせて、2人は幸せそうに笑った。

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