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第184話

 煜瑾(いくきん)の部屋に入り、クリーム色の大きなソファに2人は並んで座った。やっと2人きりになれた安心感と、恥ずかしさに、妙にぎこちなくなる。 「文維(ぶんい)…」  ようやく口を開いた煜瑾は、手を伸ばして文維の左手を取った。そして、そこに腕時計を戻した。少し、寂しいような、ホッとしたような顔をして、煜瑾はその腕時計を見詰めている。 「ありがとうございました。この時計のおかげで、文維が傍に居てくれたようでした。だから、勇気が持てたのです」  そうして、ゆっくりと顔を上げ、煜瑾は会えない時には泣くほど恋しかった男の顔を見た。彼は優しく、煜瑾の不安も思慕も何もかも包み込むような、いつもと同じ温柔で知的な笑顔を浮かべている。この笑顔を見られるだけで、煜瑾は生きている意味があるとさえ思えた。 「ずっと、私は煜瑾の傍に居ます。肉体が離れている時でも、魂は共にあります」  真摯な文維の言葉に、煜瑾の天使の美貌が花のようにほころぶ。  煜瑾と同じく、文維もまた、誰からも好かれる美しい笑顔を見ることが自分の至福であり、人生の目的だと実感する。 「文維…」  濡れたような黒く、深い瞳。赤い唇も薄く開いて艶めかしい。白く滑らかな、無垢な子供のような肌が、薄っすらと紅潮している。  これほど艶麗な煜瑾に求められて、拒める文維ではなかった。 「煜瑾…」  優しく抱き寄せ、口づけを交わす。互いの息の荒さが、鼓動の速さが、体温の高さが、想いを分かち合うような気がして、余計に愛しさが募る。 「…あ…ふ、ん…」  息苦しそうに煜瑾が顔を逸らすと、その喉元に文維の唇が滑る。 「はぁ…、はぁ…」  器用にジャケットを脱ぎながら、荒い息の文維は、煜瑾を抱きすくめて逃すまいとする。  シュルリと心地よい音がして、目を閉じて陶酔していた煜瑾だったが、薄っすらと目を開けた。  それは、文維が質の良いシルクのネクタイを外す音だった。その仕草が何故かセクシーで、煜瑾はますますドキドキしてしまう。 「…す、き…」  我慢出来ずに煜瑾はそう囁き、文維の胸に縋った。そのいじらしさに、文維の官能が刺激された。 「煜瑾…」 「!」  初心な煜瑾は、背筋に電気が走ったような気がした。それほど濃艶で慣れない煜瑾ですら性感を刺激される低く、甘い声だった。  震える煜瑾を抱きすくめながら、文維は煜瑾の臙脂色のセーターを脱がせようとした。 「あ…!」  余りの手際の良さに、煜瑾は一瞬でセーターから頭を抜いた。それを床に放り投げた文維は、水色のボタンダウンシャツ一枚になった煜瑾を抱き締めた。  互いの体温や骨格までが分かる気がする。すでに文維の指先は、煜瑾のシャツのボタンに掛かっていた。 「あ…、ぶ、文維…」  急に不安を通り越した恐怖を感じ、煜瑾が身を竦めた。

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