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第185話

 包文維(ほう・ぶんい)は、唐煜瑾(とう・いくきん)の肩を抱き、手を握って落ち着かせた。 「煜瑾…無理なら、今日は止めましょう。焦ることはないのですからね」 「…でも…、文維…私は!」  文維の慰めにも、もどかしそうな煜瑾だったが、原因が自分にある以上、何も言えない。 「私たちの関係は、セックスで繋ぎ止めるようなものではありません。こうして、傍にいて、抱き合い、キスするだけでも満たされると思いませんか?」 「…はい…」  その返事が、煜瑾にとって不本意であるように聞こえ、文維は顔を覗き込んだ。 「煜瑾?」  優しく問いかける文維に、思い詰めた表情の煜瑾は怯えるように口を開いた。 「文維…、私は…」 「ん?」  哀しげな、それでいてどこか艶めかしい目をして、煜瑾は文維に近付いた。これほど大人びて妖艶な煜瑾の美貌を、文維は初めて見た気がした。これほど魅惑的な恋人に、今夜はこれ以上触れることが出来ないとは文維も苦しい。  そんな文維の気持ちを知ってか知らずか、煜瑾は甘えるように、さらに文維に身を摺り寄せ、ジッと切ない黒瞳で恋人を見詰めたまま、震える唇で囁くように言った。 「こんな私ではダメですか?…見知らぬ男に乱暴され、心も体も壊れたような私では、文維を…文維に愛されることを求めてはいけませんか?」 「何を言って…。煜瑾…?」  体を任せ、頬に指先を伸ばし、肩に手を掛け、煜瑾は文維に迫った。 「初めてではありませんが、私はどうすればいいのか分かりません」  過去の経験を思い出したのか、煜瑾の美貌が歪む。その意味を察して、文維もまた胸が痛んだ。  何も知らないまま、暴力で心と体を痛めつけられた唐煜瑾は、「行為」を理解はしていたが、愛する人と結ばれる術を知らなかった。  初めての体験でつまずいた煜瑾の心と体は、初めて愛した相手にしか癒せない。そのことに気付いた文維は、カウンセラーの資格を有する精神科医としてではなく、デリケートな恋人を、強い愛情で包み込む寛容な男である方を選んだ。  文維は、煜瑾を強く抱き直し、耳元でハッキリと言った。 「覚えておきなさい。私こそが煜瑾の初めての男です。煜瑾自身が望み、受け入れるのは、私が最初で、そして…」  文維は、ここで煜瑾の頬にキスした。その愛情深い吐息に、煜瑾は涙が溢れた。 「…最後にして下さいね」 「!ぶ、文維…、文維!」  もう気持ちが抑えきれず、煜瑾は泣きながら文維に縋った。  自分の不安も、恐怖も、欲望も、何もかも受け止め、その上で愛してくれる恋人に巡り合えた幸せに、煜瑾は泣いた。  過去の痛みも、苦しみも、悲しみも、何もかも涙で流してしまおうとするかのように、煜瑾は号泣した。

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