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第186話

 初心(うぶ)煜瑾(いくきん)の体を労るように、文維(ぶんい)は優しく、丁寧に愛撫を繰り返した。  不安と期待に揺れながら、煜瑾は信頼する文維に身を任せることしかできない。 「ぶ、文維…」  おずおずと口を開いた煜瑾に、首筋を甘噛みし、胸に手を這わせていた文維は物足りない様子で顔を上げ、その不満を見せないように、煜瑾に笑顔を浮かべる。 「何ですか?…痛い?」  優しい文維の声に、煜瑾はくすぐられるように全身がゾクゾクする。それが快感だと知ってしまったからだ。 「いいえ。ただ…わ、私はどうしたら良いのか分かりません」  心地よい文維の愛撫に、自分も何か応えたいと思う煜瑾だが、初めてのことでどうしていいか戸惑っていた。  そんな健気な恋人が愛しくて、文維は褒めるように額にキスをした。 「カワイイですね、煜瑾。…でも、今夜は、あなたは何もしなくていいんですよ。ただ、しっかりと私に掴まって、気持ち良くなって下さいね」 「で、でも…」  黙らせるために、文維は煜瑾の唇を塞いだ。  もう頭の中が熱くなって、煜瑾は何も考えられない。 「はぁ…はぁ…」  荒い呼吸を繰り返し、文維の首に腕を回し、目を閉じ、ただ身を任せるしか出来ない煜瑾だ。  それを見詰めながら、文維は、今夜は使うことは無いと思っていた物に手を伸ばした。それらは、煜瑾がバスルームにいる間に、文維が持参したバッグから取り出し、枕の下に隠していたものだった。 「ィヤ…」  煜瑾が臆する場所へ、文維の指が触れた。それが何故かひどくヌルヌルしていて、煜瑾は、たじろいてしまう。  それに十分気付きながらも、文維は落ち着いて恋人を観察している。そして、用意しておいた官能ジェルまみれの指で、少しずつ怯える煜瑾の後ろを(ほぐ)していった。 「イヤっ…」  文維の長く美しい指が大好きな煜瑾だったが、それを初めて体内に感じ、思わず煜瑾は声を上げた。 「煜瑾」  急に文維が鋭い口調で名前を呼んだ。その声が何かに耐えるように抑えた低い声で、煜瑾は不安になる。 「何…、ですか、文維?」  文維は鬼気迫るような目と声で、煜瑾は身がすくむ思いだ。 「この先は、決して、『イヤ』とは言わないで下さい。『イヤ』と言われても、もう止めてあげられない」 「文維…」  文維の本気が強く伝わり、煜瑾は素直に頷く。 「君に、無理強いしたと思いたくない。君も、私と同じく求めているんだと信じていたいのです」  過去の陰惨な体験と、これからの文維との経験が違うのだとハッキリ煜瑾に自覚させるために、文維は課題を与えた。文維の考えの全てを理解できる煜瑾ではなかったが、最愛の恋人が自分に害をなすはずがないと信じている。 「いいね、何があっても、この先は『イヤ』とは言うんじゃない」  文維のいつにない厳しい言葉に、煜瑾はもう一度深く頷いた。

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