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第188話

「ごめんなさい。何も知らなくて、呆れてしまいましたか?」  何も言わずに、ジッと自分を見つめる恋人が不安になった煜瑾(いくきん)は、キラキラとした黒い瞳で不安そうに問いかける。そんな無心の瞳があどけなく、穢れなく、文維(ぶんい)には眩いほどの宝石に見える。  そして、煜瑾の不安を払拭するような、穏やかで優しい口調で言葉を掛けた。 「いいえ。こんなに健気で、可愛らしくて、素敵な人を好きになったのは初めてなので、少し気後れしているのですよ」  思いも寄らなかった文維の言葉に、煜瑾は恥ずかしすぎてすっかり動転してしまう。 「そ、そんな風に持ち上げないで下さい。私はまだ不勉強で、文維には相応しくないです」 「じゃあ、もっと勉強しましょうか」  まだまだ清純な煜瑾の言葉尻を捕えて、文維は意地悪く笑い、もう一度煜瑾に覆いかぶさり、挑んだ。 ***  煜瑾が目を覚ますと、すでにベッドの隣に文維はいなかった。  急に心細くなり、そっと上体を起こして周囲を見回す。 「文維…?」  震える声でその名を口にすると、ちょうど文維がバスルームから現れた。  濡れた髪から滴る雫。がっしりとした肩から胸の骨格、鍛えられた割れた腹筋。腰にバスタオルを巻いただけの文維のセクシーな肉体に、煜瑾は恥じらうものの、どこか嬉しそうだ。 「おはよう、煜瑾」  文維は明るくそう言うと、そのまま真っ直ぐにベッドに近付き、ホッとした表情の煜瑾とキスをする。 「まだ7時前ですよ?こんなに早く起きなくても…」  目が覚めて独りぼっちだった煜瑾は、ちょっと不満だった。 「ちょっと警戒してしまって…」  そう言って文維が苦笑すると、煜瑾は不思議そうに見つめ返す。 「昨日の今日ですからね。君の執事が様子を見に来るのではないかと思ってしまって」 「え?」  煜瑾が驚くと、文維は軽く笑って誤魔化した。 「いえ、考えすぎかと思うのですが。ここは煜瑾の部屋で、(ぼう)執事は自由に出入りできる鍵も持っているし、朝食の仕度と言う大義名分もお持ちですからね」  呆然とする煜瑾を残し、文維は立ち上がると持参した衣類に着替え始める。  白い衿に白地に赤いピンストライプのバイカラーシャツは、遠目ではピンクに見えて、文維にしては珍しいと煜瑾は思う。そこにダークグレイのスーツを着ると、文維の体にピッタリと合っていて、とても知的で凛々しく見える。今日は煜瑾が好きなベストの付いたスリーピースではないが、それでもやはり文維はスーツが似合って魅力的だと煜瑾はうっとりと見つめていた。

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