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第189話

 その視線に気付き、振り返った包文維(ほう・ぶんい)はフッと笑った。 「あ、待って下さい、文維」  文維が取り出したネクタイを見て、煜瑾(いくきん)は思わず制止した。 「なんですか?」  微笑む文維に引かれるように、ベッドから出ようとした煜瑾だったが、自分が何も身に付けていないことに今さら気付き、ハッとして動きを止めた。 「あ、あの、しばらく向こうを見ていて下さい」  恥ずかしさに煜瑾がそう言うと、笑いながら文維はクローゼットの方に背を向けた。  煜瑾は布団では上手く体を隠せず、モタモタと一糸まとわぬ姿を晒しながら、床に落ちたお気に入りのバスローブを拾おうとしている。  それを、クローゼットの鏡越しに見ながら、文維は必死で笑いを噛み殺していた。  ただ、その裸体の美しさは芸術的だと思う。肌の艶やかさ、伸びやかな四肢、バランスのいい全体のシルエット、何もかも文維を魅了する。それらが彫刻のように整っているというだけでなく、熱を帯び、快感に震え、文維自身を満たすことを、昨夜十分に確かめた。  やっとベビーイエローのバスローブを着て、何も知らない煜瑾は文維に近付いた。 「文維、そのネクタイはお気に入りですか?」 「え?」  文維が手にしていたのは、シャドウペイズリー柄の深紅一色のネクタイだった。 「特別な物ではありませんが…?」  怪訝そうな視線を隠せず、文維は煜瑾をジッと見た。それを受け止め、煜瑾はふんわりと微笑んだ。 「今日は、こちらのネクタイの方がいいと思います」  そう言って、煜瑾は自分のネクタイケースから、シルバーの地に赤と紫のラインが入った、スッキリとしたデザインの物を取り出した。 「いいんですか?」  嬉しそうに煜瑾からおススメのネクタイを受け取り、文維は首に掛けた。すぐに煜瑾は手を伸ばし、文維がネクタイを締めるのを手伝った。 「ネクタイを締めるのが上手ですね。自分のならともかく、人のネクタイを締めるのは難しくないですか?」  文維が感心すると、煜瑾はほんの少し自慢げにニッコリした。 「時々、お兄さまのネクタイを締めて差し上げていました」  無邪気な返答だが、文維は、やや苛立ちを感じる。例えそれが実の兄であったとしても、自分以外の男のために、煜瑾がネクタイを締めていたことに軽く妬みを感じるのだ。 「それと…」  文維はポケットから、煜瑾が誕生日プレゼントに贈ったブローチを取り出した。シルバーの雪の結晶に、サファイアがクールに輝いている。自分からのプレゼントを大切にしてくれている恋人が、煜瑾には嬉しい。  シルバーのピンブローチを文維から受け取り、煜瑾はかいがいしくジャケットの襟を飾り付けた。 「ステキです」  煜瑾は満足そうに頷いた。

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