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第193話

 文維(ぶんい)煜瑾(いくきん)が互いに食べさせ合ったり、見つめ合ってクスクス笑ったりする横で、小敏(しょうびん)は淡々と、デザートのアップルパイとコーヒーの用意をした。 「ありがとう、小敏」「小敏1人に任せてゴメンなさい」  2人だけの甘い世界に没入する文維と煜瑾に、大らかな笑顔で応えて、小敏は席に戻り、コーヒーを一口飲んで、おもむろに口を開いた。 「今日は、ラブラブの2人を冷やかしに来たんじゃないんだよ、ボク」  意味ありげな言い方をする小敏に、2人は改めて小敏の端整な童顔を見詰めた。 「実はね、今日は煜瑾に相談があって来たんだ」 「私に、相談?」  いろいろなことで人生経験が豊富な羽小敏が、「深窓の王子」で世間知らずな唐煜瑾に相談することは珍しい。 「っていうか、煜瑾におススメの仕事の話を持って来たんだ」 「お仕事?」  煜瑾はビックリして目を見開き、文維の意見を求めるように振り仰いだ。文維はただ、穏やかに見守りながら頷くだけだ。 「実は、ボクの友達が、日本の企業が上海に出店するのを手伝っている仕事をしているんだ」  かつては有名な日系企業を真似した地元企業が多かったが、日本への留学生や旅行者が増えたことにより、ニセモノよりも本物志向が高まった。  日系企業と言えば、中国を工場とする自動車や家電などの生産業が中心だったが、それらのノウハウを身に付けた中国企業が生産向上することで、政府からの圧力などもあり、撤退する企業も増える一方だ。  それに対して、需要が増えたのは日本発のアパレルメーカーや食品メーカー、そしてサービス業だった。  日本でも有名なレストランは以前から上海では人気だったが、近頃はそれよりも地方でのみ人気の中小企業なども受け入れられるようになり、出店ラッシュと言ってもいいほどであった。  加えてちょうど上海も再開発計画に伴い、市内各所に新しい大規模ショッピングモールが建設され、そのテナントとして、他にはない、そしてより質の高い日系メーカーをモール側が奪い合うようにして招聘している。 「この前できた浦東の新しいモールに、日本のケーキ店が入ってるの知ってる?」 「ああ、バームクーヘンの美味しいお店ですね」  そう言って煜瑾も目を輝かせる。  煜瑾もお気に入りのその店は、日本のローカルなケーキチェーン店だが、上海浦東店のパティシエはアメリカ、日本で修業した上海人で、日本のレシピを正確に再現する一方で、上海店オリジナルが評判となり大人気となっている。 「あのお店をバックアップしたのも、彼女の会社なんだけど。今度、その彼女が日本の文房具のセレクトショップが、淮海路のモールに出店するのを支援するんだ」 「文房具!」  文系の小敏や煜瑾は、文房具にも関心が高く、中でも機能的でスタイリッシュでカワイイ日本の文具がお気に入りだった。

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