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第194話

「うん。でも、その店のデザインで揉めてるらしくて…」 「お店のデザインで?」  世間知らずの煜瑾(いくきん)には、「揉める」ということが具体的にピンと来ない。 「日本のセレクトショップだからって日本人好みにすると、モール側が不満。中国人好みにすると日本側が不満、って感じでね」 「なるほどね」  揉め事には(こと)(ほか)詳しい職業の包文維(ほう・ぶんい)は、笑ってブラックコーヒーで煜瑾おススメのアップルパイを流し込んだ。煜瑾は気が付かないが、やはりカスタードクリームたっぷりのパイは文維には甘すぎたようだ。 「で、その店のインテリアコーディネート、煜瑾、やってみない?」 「え!」  ここでまさか自分の名前が出るとは思っていなかった煜瑾が、キョトンとなった。それがあまりにも無垢な様子で、小敏(しょうびん)は目の前の親友が相変わらず天使であると感心する。 「どうして…、私?」  自分のことながら腑に落ちない煜瑾は、ジッと小敏に答えを求める。 「う~ん。友達に、誰かセンスが良くて、フレッシュなインテリアコーディネーターを知らないかって訊かれてね~。ふっと、この煜瑾ん()の事を思い出したんだよね~」  小敏はそう言いながら、煜瑾が生れて初めて自分で作り上げた、お気に入りのこの小さな「お城」をクルリと見回した。 「このお部屋、とってもステキじゃない?中国人好みだけど、中国っぽくないし、日本人もキライじゃない感じ。ヨーロッパのセンスも感じるから、グローバルっていうか、エキゾチックって言うか…」  上手く説明できずに、小敏はニッコリ笑った。 「とにかく、上品で趣味がいいってコト。これは煜瑾の個性だし、才能だと思うんだ。相手のいることだから、何もかも煜瑾の思うように出来るわけじゃないけど、せっかくのチャンスだから、挑戦する価値はあると思うんだよね」  小敏の説明に、煜瑾は真剣な顔をして考え込んでいる。 「煜瑾にとっての初めての仕事だっていうのは、相手にも伝えるし、ボクの友達も手伝ってくれる。彼女によると、クライアントさんも、とってもイイ人なんだって」  熱心な親友からの誘いに、煜瑾の心は揺れる。 「彼女、今週末に、クライアントさんと打ち合わせがあるって話してたから、その前に煜瑾もボクの友達と会ってみない?水曜か木曜あたり、一緒にランチでもどうかな?」 「ん…」  自信なさそうに逡巡する煜瑾の背中を押すように文維が言う。 「お話だけでも聞いてくればいいですよ。実際にお仕事を引き受けなくても、世の中にはこんなお仕事があるのだという、ちょっとした見学のつもりで」  文維の言葉に、煜瑾は急に、自分の可能性が無限に広がっているように感じた。これからは何でも自分で見つけて、自分で選んで生きていくことができるのだ。 「分かりました。私にできることかどうかまだ分からないので、とにかくお話だけでも伺います」  煜瑾の決心を、小敏と文維は温かく見守っている。 「なんだか、とってもドキドキします…」  そう言いながらも、煜瑾は希望に満ちた明るい眼をしていた。

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