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第200話

 文維(ぶんい)に引き留められた煜瑾(いくきん)は、恥ずかしがって俯いてしまい、首筋まで赤くなっている。 「煜瑾の声が、とてもステキだったので、邪魔をしないように聴いていました」  文維に言われて、煜瑾は逃げ出してしまいたいのに、しっかりと抱きしめられていて逃げられない。 「ねえ、煜瑾。君の声を聴かせて下さい…。今、ここには、私たちだけなんですから、ね」  甘く囁く文維に、煜瑾はようやく納得し、小さな声で歌い出した。 〈あなたは、私の愛がどれほどかを尋ねるけれど…〉 〈私の真心も、愛も、真実なのを〉 〈月は私の心を分かっている〉  それは、中華圏では誰もがよく知る往年のポピュラーソングだった。最近ではドラマの主題歌としてカバーされ、またその魅力が再評価されている。 〈あなたは、私の愛がどれほどかを尋ねるけれど〉 〈私の真心も、愛も、移ろわないことを〉 〈月は私の心を分かっている〉  有名な懐メロに、文維も声を揃えた。 〈軽いキス1つで心が動き〉 〈こんなに深い愛情にまでなったのはどうして〉  ゆっくりと振り返り、見つめ合い、そのまま影が重なる。そして、2人はさらに深い口づけを交わした。 「永遠に、文維を愛しています。あの月に誓います」 「私も、煜瑾だけを愛します。あの月が私たちを見守っている限り」  文維と煜瑾は、強く抱き合い、もう一度情熱的なキスをして、改めて顔を見合わせると、肩を並べて、明るく輝く、大きな満月を見上げた。  もう2人の間には言葉は必要ではなかった。 (月亮代表我的心)  あの満月が上海の夜空にある限り、相手の愛も、自分の愛も信じられると思った。  この強い想いが確信できる「今」を、文維も、煜瑾も幸せだと思った。 「11年前、18歳の私の心も体も壊れてしまいました。そのまま、…壊れたままの人間として生きていくのだと思っていました」  文維は何も言わずに、恋人を抱き寄せる。 「それなのに、初恋の人と再会し、結ばれ…。愛されたことで、私は変わりました」  煜瑾は、貴公子らしいふんわりとした口調でそう言って、文維の目を見返した。文維は頷き、煜瑾の白い額に優しいキスをした。 「文維を心から愛することも出来ました。そのことで、哀しくなったり、苦しくなったりもしました。でも…」  愛する人を信じられず、離れて過ごした日々のつらさを思い出し、煜瑾は深く黒い瞳を潤ませた。 「私も、心から誰かを愛することを知りませんでした」  煜瑾を抱く手に力を込めて、文維は言った。 「煜瑾が初めてなのです。これほど、理性を失い、感情的になり、バカになったような惨めな気分を味わったのは生まれて初めてです」  文維の告白に、煜瑾は気品のある美しい笑みを浮かべた。 「私も煜瑾を愛することで変わりました。それを、今は幸せだと思っています」  2人は向かい合い、両手を繋いで見つめ合った。 「私を、幸せにしてくれてありがとうございます、唐煜瑾」 「包文維。あなたには、これから、もっと、もっと、私を幸せにして欲しいです」  包文維と唐煜瑾は、月も恥じ入るほどの美しい笑顔を浮かべ、永遠にこの幸せが続くことを信じ、強く、強く抱き締め合った。 ***  …そして、2人は、いつまでも幸せに暮らしました。 〈おしまい〉

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