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3 邂逅編 出会い

「うっ! うーうっ」 誰かはわからないが助けを求めて再びヴィオが暴れると、不意を突かれた男の手が緩みヴィオは床に転がり落ちる。 「た、助けて!」 そのまま縋るような声を上げ戸口に立つ影に助けを求めたが、その前にもう一人の男がしゃがみこんでヴィオの背に手を載せ、まるで動物に無理やり伏せをされせるようにしてその場に釘付けにされる。 ヴィオは腕の力でなんとか屈辱的なその姿勢から這出ようとし、背を反らして顔を持ち上げた。倉庫のつり下がって小さな電球の明かりが届くところまでその人物がゆっくりと進み出てきた。 それはヴィオが生まれて初めて見た程、あまりにも美しい容姿。一瞬女性かと思った。しかし男たちと押しなべて見ても腰の位置が高くすらっと長い手脚の中々堂々たる体躯だ。先程の声の低さからやはり男性なのだとヴィオは思い直す。 薄暗がりでも目の良いヴィオには彼の中性的な美貌が輝くようにみてとれた。 長めの黒髪が首元で緩く括られ、肩口から手前に流れるように落ちている。 黒い上下左右の服の上には暖かそうな純白の裾の長い上着を優美に羽織り、ヴィオを虐めた若い男たちの粗野な様子とは一線を画く高貴な雰囲気だった。 「へぇ? あんた、見ない顔だな? あんたみたいな別嬪。この基地にいたか?」 男の気色ばんだ声色をきき、ヴィオはこの綺麗な人にも男たちがなにかするのではと心配になった。親切だと思っていた男たちが思いがけずに意地悪で、こんな怖い目に合わされたのは自分が甘かったからだ。自分の失敗は自分で拭わねばならない。そう厳しく教えられてヴィオは育った。幼くとも小さな胸にそんな矜持は持っているのだ。さっきは恐ろしくてとにかく助けを求めて声を上げてしまったけど、とにかくこの状態を自分の力で脱しなければならない。 (二人がかりで乱暴する。こんな卑怯な奴らに負けたくない) ぐぐっと倉庫の床を掴むようにし、両足の平をも、同じように床につける。背を押す男の手が力を入れるのが止む一瞬のスキを狙って飛びかかる前の獣のように息を潜めた。 美しい男は悠然と明かりの下まで進み出て、すました顔をしている。ヴィオは毛を逆なでた猫のように興奮しながら、固唾をのんで男たちのやり取りをうかがっていた。 「俺はこの倉庫に薬品を取りに来ただけだ」 「そうか? じゃあ早く取っていけよ」 男が明らかにほっとしたような嘲るような声を出し、ヴィオはこの麗人が薬をとって出ていくタイミングを探って、自分もこの場を脱しようと全身で男たちの全ての動きを伺うため再び集中をし始めた。力では真正面からは男たちにまるで叶わないだろうが、すばしっこさでは負けない自信があったのだ。手が緩んだ瞬間ができたら、絶対に転がり入り口まで走り抜ける。 (もしもこいつらがこの人にも何かするなら、僕が飛び出して誰か助けを呼んでくる。もしくは僕がこの人の手を引っ張って一緒に逃げよう。震えちゃだめだ。頑張るんだ) ヴィオがそんな悲壮な決意をしていると、黒髪の美しい男はゆっくりと倉庫の半ばまで入ってきた。暗がりの中僅かな光に青く輝く瞳を猫のように細め、妖艶な顔つきで彼らの様子をねめつける。男たちはそんな妖しい色香溢れる彼に魅入られたように瞠目しながら見返してきた。 ヴィオを掴まえていない方の男が、ヴィオから彼に興味をうつしたようにニヤニヤしながらあまり背丈の変わらぬその肩に手を置いた。ヴィオはぶるっと身体を震わせて立ち上がろうと足に力を込める。 しかしぱあんっと大きな音を立てて男の腕は払われ、美しい青年が低く艶のある声で唸るように言い放った。 「俺に触るな。その子を置いて大人しく出ていけ」 静かだが有無を言わせぬ、尊大な声色に再び男たちが色めきだった。 「はあ? なにいってんだ? お前こそ怪我したくなかったらでていけ」 「喧しい、失せろ」 それは何かすごく怖いものが帳のように一瞬で周囲を覆ったような、そんな圧倒的な気配。ヴィオは全身が総毛立ち、一瞬武者震いのような沸き立つ震えが身体を駆け抜け、視界が狭まる心地になった。 頭の上でぐらりと大きな影がヴィオを覆う。驚いて見上げると、声もなく、ヴィオを押さえつけていた男が大きく傾いできた。 「あ!!」 ヴィオが倒れてくる大きな身体からわが身を守ろうと、頭を手で覆って身を縮める。しかし男がヴィオに向かって倒れ落ちてくることはなかった。 頭の上でどかっというすごい音がして、黒髪の麗人がものすごい勢いで長い脚を一閃させ、男の側頭部を横から蹴り飛ばしたのだ。もちろんヴィオが下敷きにならないように守るためだ。 もう一人の男も後ろ向きに泡を吹いて伸びていて、何が何だかわからずヴィオは心臓がどきどきとしたままそのまま腰を抜かしたようになってしまった。 すると黒髪の男が床に這いつくばったままのヴィオをひょいっと裏返して膝上に抱き上げてきた。破かれた服に気が付きすぐ眉を顰める。 「おい、大丈夫か。しっかりしろ」 着ていた温かで上等な上着を素早く脱いで、ヴィオの全身を包んでやる。ふわっと温みが全身に広がり、ヴィオは子猫のように身を震わせた。 「あ、ああ」 今さらながら身体の震えが止まらなくなり、ぽろぽろと涙を流すヴィオを、男は黙ってやんわり抱きしめている。見た目は優美だが、彼は見た目よりずっと頼りがいのある、逞しく熱い身体だった。衣服からも彼の爽やかで甘い香りが立ち上り、それを嗅いだヴィオは張りつめていた気持ちが融けて涙が止まらない。 泣きじゃくる少年の身体を美貌の青年は眉を下げて困った顔をしながらその背を擦ってやった。 泣き声もまだまだ高く、見た目すら年頃の美少女のようにも見えなくもない。多分このエキゾチックで蠱惑的といえるほど欲をそそる顔に目をつけられたのだろう。しかし表情を取り繕わずに顔中をくしゃくしゃにして涙を流すその仕草をみて、彼が思っているよりずっと幼いのではと悟ったのだ。 少年の着ていたくすんだ緑色のローブと、寒々しい程踝がむき出しのすらりとした足先に見覚えがあり、細いその身体を抱えなおして、男はできるだけ優し気な顔を作って泣きぬれた目元を覗き込んだ。

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