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4 邂逅編 青年二人

「昼間街で、君らしき子を何度か見かけてたよ。店先を覗いてずっとうろうろしていたね。俺はこの街に今日初めて来たんだ。 遅い昼食をとっていたら、正面にあった店から君が飛び出してどこかに走っていった。あれから大分時間が経ったけど、ずっと街にいたの? 君は一体何をしていたんだい? 家の人は心配していないか?」  男たちに怖い目に合わされた少年を気遣う、努めて出した穏やかで優しげな声だった。 そしてその気遣いはヴィオにとって思いがけない言葉だったのだ。昼間この街についてから薬屋を探して、途方にくれながら彷徨い歩いていた姿を見守ってくれた人がいただなんて。誰からも相手にされずにいたと思っていた。さっきの男たちに捕まるまでは、街中で声すらかけてもらえなかった。涙がぶわっと溢れてぽたぽたと落ちた。  不意に外から騒がしい足音が聞こえてきて、間髪を入れずに賑やかな大声が上がった。 「セラフィン! 俺を置いて勝手にどっかいって。探したじゃないですか! こんなとこで何やってるんですか! ってうわっ! とんでもない美少女! 眩しすぎる二人!」  転がる男たちに見向きもせずに大仰に二人を見ては眩しそうにリアクションする連れのジルにセラフィンは緊張感のなさは毎度のことながら呆れて果てて呟いた。 「美少女っていうか、男の子だぞ、この子」 「ええ! そうなの? さっき街で見かけた子かな? フードで顔が見えなかったけど、すっごい可愛いじゃないですか。そんで貴方またやらかしましたね…… 牽制フェロモン巻き散らかすようなことをされたんですか? おい!お前。俺のセラになにしてくれた?」  突然現れた明るい金髪の男は泡を吹いた男の腹を足先で遠慮なくつつく。 「おい、ジル。いつ俺がお前のセラになったのか……」  驚いて声も出ない、涙をぽたぽた垂らした痩せっぽっちのヴィオをひょいっと抱き上げ、セラフィンは明るい金髪の連れの横を通り抜けて戸口をでる。 「伯父さんの親友がのんびり田舎に引っ込んで基地の所長をやっているっていうから、挨拶ついでに来てみたらこれだ。こんな子供引きずってこんなとこ連れ込んで手を出すなんて。軍も平和ボケすると、末端はこんなものなのか」 「そりゃ最悪だわ。大方女の子にでも間違われたのかね? ボクちゃん? なかなかの美人さんだね」  ヴィオがこの倉庫に連れてこられているところを、建物を移動していたセラフィンが丁度見かけたのが幸いだった。連れであるジルを置き去りにして素早く静かに後を付けたらこんなことになっていた。 「ジル、所長と話をしてくるからちょっとこの子を代わりに抱っこしてて」  しかしヴィオは急に現れた他の男に預けられるのが怖くて、ぎゅっとセラフィンのシャツにしがみついた。  ジルは気を悪くするでもなく、くしゃくしゃになったヴィオの頭を優しく撫ぜて目元を合わせて温かく微笑んだ。 「まだ怖がってるね。俺が所長さんと話をしてくるから、セラフィンがこのままこの子抱っこしてた方がよさそうですよ。君、大丈夫だぞ? この先生、顔が綺麗すぎて黙っているとおっかなく見えるけど割と優しいからな」  先生、という単語を聞き逃さず、ヴィオはまだ震える赤い唇で一生懸命に何かを伝えようと口をぱくぱくとする。 青年二人は彼の話を聞いてやろうと、そろって口元に顔を近づけだ。 「先生? お医者さん?」 「そうだよ。どこか痛いところがあるのか? 君、名前はなんていうんだ?」  普段はクールな男前が、蕩けるような優しい声を子ども相手に出している。そんなセラフィンの姿をジルは優しく見守っていった。年上だが不器用で放っておけない友であるセラフィンが、誰かに心を配る姿をみるのをジルは好んでいるのだ。 「僕は…… ヴィオ。痛いところはないよ。僕は大丈夫。だけど…… 叔母さんが怪我をして、熱がぜんぜん下がらなくて、薬は隣の街では意地悪されて、売ってくれなくて…… 大人みんなまだ帰ってこなくて。男の人たち、く、薬くれるっていうからついてきたら…… こわいことされて」  本当にたどたどしい、でも必死な涙声の幼い彼の訴えと、抱いたか細い身体から伝わる震えに、セラフィンもジルも胸をきゅんっと掴まれてしまった。 「わかった。ヴィオ。大丈夫だからもう泣くな」  その一言に大きな美しい色合いの瞳から、またしても安堵の涙がぼろぼろと零れ落ちていった。 「なんとかしてやる。俺は医者だ。叔母さんの家に行ってあげるから場所を教えてくれ。この街にあるのか? もっと遠いのか?」 「もっとずっと遠いよ…… あっちに見える山のほう。歩いたら…… 夜中になるかも。どうしよう…… 叔母さんすごく苦しんでるんだ。早く帰りたいけど、遠いんだ。ドリの里っていうんだよ」  その名を聞いてセラフィンとジルは顔を見合わせて頷きあった。

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