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6 邂逅編 里長

 一本道だ。途中にヴィオの言っていた隣町らしき小さな町もあり、一刻ほど走った程度で地図上で見当をつけた目的の場所にたどり着いた。  山道はとてもとても暗く、いつまでも目が慣れない。  ここに里などあるのだろうかと思うほどの暗さだ。  街灯がなんとか一つ、集落の入り口にぽつんとあるほか、細い山のあぜ道にそって小さな家がぽつんぽつんとあり、さらに明かりのついている家と言ったらさらに少なくまばらだ。車を大きな道が途絶えたあたりに頭から突っ込むように置いて、流石に邪魔だろうと少し下がる。 (街よりさらに寂れた集落だな)  ヴィオの手前、流石に口には出さなかったが、セラフィンもジルも思うところは一緒だったのか車から降りて懐中電灯を手に、互いに浮かぬ顔を見合わせた。  眠そうに後部座席に座っていたヴィオも飛び起きて、三人はそろって集落の入り口にたった。  その時半ばほどの高さにあった家の方で明かりがゆらりと動き、少女の高い声が静かな山里に響き渡った。 「ヴィオ!? ヴィオなの?」 「姉さん! 帰ってきたよ!!」  明かりが夜行の動物の目のように素早く動いて、建物の中に飛び込んでいった。 「姉さん?」 「そう。リア姉さんだと思う。あの辺、うちがあるから。もしかしたら…… 僕の帰りを待っていてくれたんだと思う。姉さんにだけは外にでるっていってきたから」 「おいおい、他には誰にも言ってこなかったのか?」  ジルの言葉に沈んだように一瞬くるっとカールした睫毛を伏せたが、すぐに顔を上げてセラフィンの左袖を掴んだ。 「父さんのところへは僕が後で話をしに行くから、叔母さんのところに先に一緒に行ってほしい。叔母さんの家はもうちょっと上にある、二つ並んだ明かりの左側。お願い」  セラフィンはもちろんすぐに叔母を見てやりたかったが、ヴィオに合わせてかがむと首を振る。 「それは駄目だ。まずは里の長に挨拶をしなければならない。叔母さんは体調がとても悪いのだろう? その場合は医療行為をする了承を君のお父さんに取らねばならないかもしれない。それに君の無事を知らせることがまず一番に大切だろう。ほら見て」  先ほどと同じ小さな明かりが二つ、すごい速度であぜ道を下ってくるのが見えた。まるで大きな獣が駆け下りてくるような迫力ある動き。  ほどなくその人物は三人の前に姿を現した。 「!!」  思わず、くらっとするほどの圧を感じて、青年二人は踏みとどまるように片足を一方に引き下げ、目を見開いて対峙する。おそらくアルファ。 しかもセラフィンとジルを押して、かなり強いと感じるほどの。 「ヴィオ! 」  その銅鑼がなったような大迫力の一声だけでヴィオは震えあがり、ぎゅぎゅっと強くセラフィンの袖を握りしめわが身の方に引いてきたから、セラフィンは思わず指先で素早くヴィオの薄い手を探り、軽く握ってやる。  ヴィオの父、里の長は兎に角大きかった。見上げるほどの大男であり、まずその存在感がすごい。夜目にも目立つ、セラフィンたちの持つ明かりや街灯を反射して光る、金色の目。まるで獣の王が人の姿をとって表れたようだ。 (まさにフェル族といったところだな)  僅かに息をのんだセラフィンは、しかし表情を崩さず毅然とたたずんだ。  彫の深い野性的な貌は端正かもしれないが厳しく、若干うねりのある黒髪を後ろになでつけている。  背丈は中央では高い方である二人よりもさらに大きく、身体の厚みといったら軍でもあまり見ないほどの大きさ。  堂々たるその立ち姿は一国の王のような風格すらある。 「ヴィオ! 心配したんだからね」  ヴィオによく似た面差しの、こちらは正真正銘の美少女が父の後ろから飛び出してきて、セラフィンの隣を離れぬ弟を無理やり抱きしめてきた。  長い黒髪なのも同じ、背丈も似通っているから、何も知らなければ双子の姉妹のように映ったかもしれない。もちろん立ち姿は姉の方がやや肉感的でより性的な魅力を放っている。  ヴィオの父は依然厳めしい表情のままだったので、ジルがいつものように仲立ちしようと口を開きかけたが、その前に珍しくセラフィンが彼に一礼した。 「私は中央で軍医をしております。セラフィン・モルスと申します。こちらは連れで、中央で警察官をしているジル・アドニアです。アペルの街で薬局が探せず迷子になっていた息子さんを基地の前で保護しました」  ヴィオもセラフィンの話に合わせてこくこくと頷く。琥珀色まで金色の光が収まってきた父の睥睨する眼差しからは逃れられず、それでも立ち向かうようにヴィオは父を睨み返した。意外なヴィオの気丈さにジルは暗がりで口元に笑みを浮かべる。ちゃんと言われたことを全うしようとしている、と。  基地での出来事はその後、彼を送り届けたり、叔母さんを診たりと支援を行うことを約束し、ヴィオに口止めしていた。  まだ幼い、思考も及ばぬ少年の口封じをするようで気分はよくないところだったが、基地の所長もヴィオに謝罪し、必ず彼らを厳罰に処すると約束させたのでそれで手打ちにしてもらった。 「ヴィオ、一人で勝手に街に出て挙句、人様に迷惑をかけて、お前は」 「ごめんなさい。父さん。でも……、見てられなかったんだよ!」 「明日には皆が薬も持って帰ってくる」 「でもお医者様がきてくださるわけじゃないでしょ? 治るとは限らない! この方はお医者様なんだよ! 早く叔母さんを見てもらいたく……」 「お前は先に家帰るんだ。リア、ヴィオを連れて家に戻りなさい」 「いやだよ! 叔母様を早く見てもらいたい!!」  親子のやり取りは流石に口をはさめず、セラフィンもジルも黙って成り行きを見守っていた。 声の大きさと共にセラフィンの指先を握り返す力は強くなる。しかしセラフィンはここらへんで潮時だろうとそっともう片方の手を添えて、一度優しく握ると、ゆっくりと握った手を離していった。

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