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7 邂逅編 紋入りコイン

 涙が滲みそうな顔でセラフィンをじっと見上げるヴィオの方に手をやり、再び目を合わせ力づけるように大きく頷く。夜目の利くヴィオにはセラフィンが優美に微笑んで、勇気づけてくれたのがわかった。  姉のリアは弟がこれほどに見知らぬ青年に懐いていることに驚くが、自分もセラフィンから離されたヴィオの腕を掴み返して弟を家に連れ帰る気満々だ。 「ヴィオ、叔母さんのことは俺らに任しときな」  ジルがセラフィンの言葉を代弁するように暗闇の中でも明るく威勢の良い声をかけたので、ヴィオはしっかり背筋を伸ばすと二人に向かってしっかりと頭を下げた。 「叔母さんを、よろしくお願いします」  姉に引っ張られるようにしてヴィオは二人を時折振り返りながら、家への細い畔道を上がっていった。  我が子が家に入るまでを見届けた父は、セラフィンたちを振り返ると二人をまっすぐにとらえる。 「息子が世話になったようだ。礼を言う」  礼は言われたものの、自分たち二人を明らかに訝しむ空気感を感じてジルは中央の街で勤務中に暴漢に対応するときよりさらに強く、緊張を漲らせた。 「いいえ。それには及びません。私も丁度この里に用があって参った次第です。私は以前からフェル族の研究をしております。もちろん軍は関係ありません。私個人のライフワークとしてです。私の話はまた後程。それよりヴィオくんの叔母さまの容態が芳しくないと伺いました。先に診ましょう」  再びヴィオとよく似た金色の環を持つ虹彩に強い光を宿らせたヴィオの父に、セラフィンは美しい目を見開いて臆せず対峙する。  元より自分を値踏みするような眼差しには慣れっこだ。ジルがセラフィンの意図を正確に察して、助手席から下ろした大きな黒革鞄を取り出すとセラフィンに手渡した。  そしてヴィオの父からもよく見えるように地面に置いて肩と頭とで懐中電灯を抑えて中身を照らしながら、すぐ取り出せるところに入れておいた身分証明書を取り出して見せる。  ヴィオから車の中で聞いていた父親は、里の長であり、厳しくそして用心深い人物であるとのことだった。礼を尽くして誠実な態度で接しなければ話も聞いてはもらえないかもしれないと。だからヴィオはとりあえず父と話をする前に叔母を見てもらおうと先走ったのだ。  セラフィンは彼なりに考えた結果、自分の身分をしっかり晒すことで信頼を得ようとした。 「これが私の軍の身分証明書。ジル、お前のも出して」  ジルは聞かれることをわかっていたように肩掛けしていたリュックから警察官として身分証を速やかに取り出して、それも明かりの下にかざす。 特に感慨を覚えた様子ではないが、ヴィオの父はそれらに目を通していた。  それから続けざま、セラフィンは服に隠れていたネックレスを首元から取り出して自分の手のひらにおいてさらに彼に見せようとした。  それは丸くコイン状に打ち延ばされたシルバーで、表面に手彫りの紋が浮かび上がっている。ジルも勿論見たことがあるものなので二人の様子を静かに見守っていた。ヴィオの父はコインを見て瞠目するとさらにそれを裏返す。 「ソート派の紋のコインだ。仲間と認めたものに自分の一族の紋と名を入れたものを配る。これはソートの直系の一族の紋だな。お前に渡した人物はクイン・ソート。どこでこれを?」  セラフィンは相手を魅了する美しい微笑みを浮かべて、努めて穏やかで滑らかな声で説明を重ねる。 (でた、先生の必殺の外面いい笑顔。ああ、でもまあ。綺麗なことは確かだ)  連れに敬愛以上の念を抱きがちのジルが傍らで見守る中、セラフィンは日頃の彼にしてはとても丁寧な態度を見せている。 「ここに伺ったように、ジルと私は各地のフェル族の里や中央で暮らすフェル族の人々にのところに多く訪ねてきました。フェル族に医学的にも民俗学的にも興味があり、いつかは本にまとめようと考えて色々な伝承を聞いて回っております。でもクイン・ソートとお会いしたのは全くの偶然です。ご高齢になり、足の持病が悪化してたまたま私の勤める病院にかかっているときに話をする機会を得られました。クインの脚の治療のことで息子さんに色々相談に乗ることになりまして、その後、知己としてこちらをいただいた次第です」  このコインを出したことで風向きが変わり、ヴィオの父の鉄壁の門が少しだけ開いた。彼はとても尊いもののようにコインを裏返すと、セラフィンに返してきた。 「クインには俺も昔世話になったことがある」 「クインは今も元気ですよ。時折、病院の喫茶室に招かれて一緒にお茶をいただくこともあります」  それでもまだ思案気にしていたヴィオの父だが、僅かな変化も見逃さぬジルの観察眼にはもう彼は二人の話を聞いてくれる気になっただろうと映っていた。 「いいだろう。先生、里の客人として迎え入れる。どうか妹を診てやって欲しい。それはあれの願いでもある。……申し遅れた。俺はこのドリの里の長で、アガ・ドリだ。息子を送り届けてくれてありがとう」  ついにアガの心を動かすことができ、ジルは内心ほっとしてセラフィンの隣に居並ぶ。ジルが助手のように抱えたパンパンの診療鞄には、借りられるだけの医療品をセラフィンが軍で選別して詰めてきた。 「では患者のもとに案内してください」

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