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11 邂逅編 冬の日の別れ 2

「叔母さんも待ってるから行きましょう! カイ。好物沢山作ったんだからね。みんなでいただきましょう」 「こら、リア。呼びつけはやめろって。先生たちも是非」  出稼ぎに出ていた若者たちが沢山の土産や日用品をもって帰ってきて、里の中では外れの方にある集会場で昼から宴会の席を設けることになっていたのだそうだ。 「いや。ご家族とゆっくりお話ができる大切な機会でしょう。私たちはご遠慮しますよ。それにジョナさんに里の昔話をうかがうところなんです。昨日はアドさんとお話することもできました。私はね、フェル族の民話や伝説について国中の里を訪ねて研究させてもらっているんです」 「ジョナ婆とお話するんですね! 足腰弱ってから話し相手が少なくて寂しがってるらしいです。むしろよろしくお願いします。へえ、先生お医者様なだけじゃなくてそんなこともされているんですね。俺もいつか出世したら中央勤務になる日もあるかもしれないので、その時は先生の病院に寄らせてもらいます」 「先生たちのお食事は家に運ばせてもらいますね。待っててください」  きちんと頭を下げると、リアに腕を取られて集会所の方にあるいていった。  一緒についていくのかと思ったらヴィオはセラフィンにくっついてきた。 「料理は後で僕が運ぶから大丈夫だよ!」 「いいのか? 従兄弟のお兄ちゃんに会えるの久しぶりなんじゃないのか?」  ヴィオは首をふるふる振ると、にっこり笑ってまたセラフィンの袖を掴んできた。 「いいんだ。カイ兄のことはリア姉が好きなの。だから邪魔しない方がいいんだよ」 「おませだな。ヴィオ」  そういってやや癖のある光沢がありすぎて逆に少し灰色がかって見える黒髪をジルが撫ぜてやると、あどけなくくすくす笑っていた。  ジョナ婆はこの里の最高齢。雪崩の時も村のはずれにいて助かった。村を襲った雪崩は国の無計画なダム工事のために起こされた人災だ。これはセラフィンの一族とも深くかかわる事件のため、よく知っている事件だったが、委細は昨晩アドから伝え聞いた。  当時村のはずれにいたもの、比較的真ん中あたりにいたもので生死は分かれた。しかし誰一人としてその人生が変えられなかった者はいない。  当時まだ一歳だったヴィオは、母親が長女と共に当時の里長だったヴィオの祖父の家に行っていて、そこで被災した。幼いヴィオとリアはお留守番をするためちょうどエレノアに面倒を見てもらっていて、エレノアはリアとヴィオをつれて里の外れのこのジョナ婆の家に届け物をしに来たあとおやつをいただき、休憩をしていて助かったのだ。  麓の村に来ていたヴィオの父やその息子であり当時から別の場所で働いていた長男次男は助かったが、ヴィオは一歳にして母をはじめとした多くの親族を失ったのだ。 「元の里の場所を見に行くことはできるんですか?」  ジルの問いにジョナ婆とその娘である壮年の女性は首を振った。 「もう整備されていなくて道が塞がってしまっていると思うから土地のものでも行くことは容易ではないと思いますよ」 「そうですか」 「先生は、どうしてフェル族が気になるの?」  至極まともな意見をお菓子を食べ食べヴィオが聞いてきた。この地方の伝統的な焼き菓子には甘く煮た芋が入っていてとろりとして美味しい。  ジルが気づかわし気にちらりとセラフィンをみたがセラフィンは顔色を変えずにお茶をいただく。 「そうだな。ある人物が気にかかって。そのあとはフェル族の一派がそれぞれ持つ伝説とか、特殊な力とか。そういったものに興味がでてきたんだ」 「例えばどんな?」 「例えば…… ドリ派は成り立ちは大地の女神が沢山の夫とちぎってできた子の一人といわれているのだろう? 夫たちは大地にある樹木とか穀物とかその一つが獣。でもソートでは大気の神が自らの旅の同行者として選んだのが獣人だったと。人の子より素早く動けるからと。海に縁があるウリ派はこの国の海辺に暮らす人々と同じく海の女神を信奉している。そういう成り立ち伝説みたいなものも好きだ。 中央では人間は天空の神と大地に生まれた愛の女神との子孫だとか言われているからこの二柱が人気だからまるで違うだろう?」 「すごいねえ。先生ジョナ婆みたいに物知り。僕も勉強沢山したいなあ」  そういった顔が哀し気でセラフィンの心に深く残った。耳の遠いジョナ婆は娘に耳元で大きく通訳してもらったのち、大きく頷いてから結構大きな声で自分が話し始めた。 「この里のはじまりの家族も、大地の女神様のようだったそうだ。はじまりの里長は自身がオメガでの。多くの夫を持ち、沢山の素晴らしい子を産み落とし、里は栄えていったといわれている。大地の女神になぞって、大変尊敬された。ヴィオのご先祖様だ。男たちより強く、女たちより強く。そのどちらも持ち合わせていたという」 「男性のオメガだったという話なのよ」  セラフィンとジルの脳裏にはこの深い山里を駆ける、強靭ながらもしなやかに美しいその姿が目に浮かぶようだった。そしてその顔は、リアやヴィオの顔に似ているような気がした。 「まあ、実際は男性のオメガなんてめったに生まれるものじゃないからね。 私はみたこともないわ。一族は血も濃いし、なんとなく似たような雰囲気の人が生まれがちだわね。でもこの里、これから本当にどうなるのかしら。だってヴィオちゃんのお兄さんたちはみんな外にでて戻って来やしないし、リアちゃんは一族の誰かに嫁ぐだろうし、ヴィオちゃんはまだ小さいから家を継ぐなんてねえ」  おしゃべりジョナ婆の娘は外から来たみ目麗しい若者たちを前に、口が軽くなったのか、ヴィオがお菓子を頬張るのを止めて哀し気な顔をするのも気にせずにぺらぺらとそんな話をした。

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