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番外編 青年期 ポスターの肖像 7
ジルは小気味よく迸る暖かなシャワーを浴びて一心地ついた。傷は張り付いていた髪の毛を引きはがすとやや染みたが、指をあてても僅かに固まった血糊が解けて付くだけで大きく開いてくることはなかったようだ。
ほうっと大きく息をついて、朝泥だらけで演習をしていた時には考えもつかなかった現在の状況を頭の中で整理しだした。我ながら大胆不敵な行動をとり続けていることに今さらながら赤面したり、頭を抱えたり。
(俺普段はこんなんじゃないって先生に言っても…… 信じてもらえないか)
しかしあまりに色々あって頭が追い付いていかなかったのだが、先生の周りで男たちが次々に倒れていったあれはなんだったんだろう?
僅かに何か足を取られそうな、目の前が揺れたような衝撃が駆け抜けていった気がしたのだがジルは別に何ともなかった。しかし回りは幾人かあんな風にバタバタと昏倒してしまったのだ。歴戦の雄だったと自慢しいしいな、実際はたいしたことない普通のおじさんだけど憎めない軍人上がりの上司が、暇な時など戦時中の話をよくしてくれた。前線では危険な薬物も結構使っていたとも言っていた。
(先生は軍人、医師。なにか薬物をつかったのかな? それだとやっぱりあいつらが心配だ。話を聞かないと)
懐に飛び込んだ分、あの笑顔で少しだけ近づけた先生。
しかし謎がある限りはまたミステリアスで美しい紗がかかったように輪郭が見えにくくなってくる。
洗おうかと迷ったが、明日までのは乾かないであろう下着や着てきた服を丁寧にたたみなおしてランドリーコーナーに置かせてもらった。
体格が似ているのか丈までぴったりな先生のものと思わしきバスローブを羽織り、先生を最後にみたリビングに行くと、そこには飼い猫が丸くなって眠っていた。
「ソフィー? 先生はどこいったのかな?」
プライバシーを暴くのは悪いとは思いながらもついつい、先ほどちらっと視界に入ってきた写真立てを見に行ってしまう。
多分『ソフィー』という名前の先生に瓜二つの人物が映っているだろうと考えたからだ。しかし予想とは違っていた。今より少し幼い顔をしたポスターの肖像によく似たしかめっ面の先生に、まとわりつくように元気な兄妹と思わしき三人の子供がニコニコした顔で映っている。写真館ではなく、自宅でとられたような寛いだ写真で、中に写る家具や光のコントラストがなにか外国の雰囲気を漂わせていた。
先生は8年間外国に行っていたというからその国でとった写真なのだろうか。
「先生? 湯浴び終わりましたよ。傷口みてくれるんじゃないんですか?」
更に部屋の中を探索すると、奥にあった寝室に行き当たる。セラフィンは部屋の端に置かれた大きなベッドの上に仰向けになってまどろんでいた。
枕元にあるサイドボードの上に載せられたランプシェードから漏れた柔らかい光が、先生の白皙の美貌を照らしていた。無防備に眠るその姿は起きているときの外連味がない。ただひたすらに穏やかで美しかった。
引き寄せられるようにベッドサイドを回りこんでいくとサイドボードの上に小さな小瓶が載せられていることに気が付いた。
「紫の…… 小瓶だ」
まるで操られているかのようにジルはいつのまにかそれを手の内に握りこんでいた。そして手慣れた仕草でふわっと空中にくゆらせる。
(この香り。懐かしい)
ぴくっとセラフィンの瞼が振れたがジルは気が付かない。ゆっくりとサイドボードに香水を戻してランプを消そうと紐を探った時、黒い絹糸で縁どられたような真っ青な瞳が見開かれ、カチッと音がするかのようにかみ合うようにあった。
その瞬間、何が起こったのかはジルは瞬時に判じることができなかった。気が付くと自分が布団の上に組み敷かれ、ゆらゆらと長い黒髪を揺らして上から覆いかぶさる艶美なセラフィンを下から眺めていたのだ。
いくら完全に気がゆるゆるに抜けきった間男ばりのバスローブ姿とは言え、警官として体術を会得しているジルを何のリアクションもとらせずにひっくり返して組み敷く驚きの早業だ。セラフィンのローブの前が大きくはだけた悩ましい姿を晒しながらマウントを取られる。想った以上に腹にかかる重みが大きく、ウェイトの違いすらあまりないと感じる。
しかし嫣然と微笑む顔は、あの焦がれたポスターと瓜二つ。
ジルは瞬時に滾り、セラフィンの頭を強引に引き寄せて口づけを奪っていた。
するとセラフィンも舌で歯列をなぞり、咥内をまさぐりながらがら迷いなく応じてきたから、ジルは疲れも相まってさらに腰のものの反応を否応なしに高めてしまった。
夢中で自分と同じく適度に弾力ある硬い唇を貪っていると、ジルは恥ずかしくも腰を揺らしてしまった。
「ふふ。入りたいんだな?」
いいしな、バスローブの前を押し上げていたものに手を回されてするっと撫で上げられる。性悪な商売女のようなセリフをいっそ女神教会の神父のようなありがたい説法を利かせそうな良い声で囁く。その倒錯的な状況に眩暈がした。
ばねのような反発力をもって上体を起こすと、大柄な男二人の重みで寝台が大きく軋み揺れた。構わず今度はセラフィンの身体を組み敷き返す。
セラフィンの顔はもはやあのポスターの肖像の麗人とも、昼間のセラフィンとも違って見えた。女神が聖なる存在ならば、人間を悪に誘う魔性というものが存在すると女神教会の神父は教えてくれた。もしもそれを人として形にしたならばこういった人を惑わし堕落させるような艶なる姿なのではないか。
同じ男としての形をとっているのに、陶磁器のように滑らかな肌、発達した胸筋についている色の薄い乳首、縦に伸びた臍。見えている部分はまだ少ないのにそそられるなんてどうかしている。
辛抱たまらなくなって自ら下着に手をかけ脱ぎ捨てると、腹につくほど反り返ったものがぶるんっと飛び出してきた。
そして覆いかぶさろうとしてくるジルに向かって、セラフィンは謎めいた微笑みを浮かべながら片手をあげて動きを制する。
そしてあろうことかジルの逸物に手を検分するかのように手に取って、にやっと笑いながら一言。
「ああ、結構デカいな。やっぱりお前アルファだろ。ここ見えるか?」
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