20 / 63

《魂の》4

「雪成、この事は確実となったら菱本さんには伝えた方がいいぞ。その時はオレも協力するから、今後のためにもな。それまでは誰にも言わないように。もちろんオレも口外はしないし、記録にも残さない」 「谷原さん……すまない。恩に着る」  雪成は、やおら谷原に頭を下げる。 「いやいや、そもそもが雪成の症状に似たという記録だし、一件しかないようなものだから確証はないからな。まぁ、頭に入れておく分には何も損はないだろ。ただ、無茶はするなよ。今夜みたいに実験しようとしたりだ。ヒートが数分で引くことは無いとは言ったが、もしかしたらやっぱりただ単に、不安定だった場合がある。それに雪成のヒートが特殊ということもあるからな。だから抑制剤は必ず持ってるんだ」 「分かった」  また何かあれば直ぐに来いという谷原の温かい言葉を受け、雪成は感謝しながら谷原邸を後にした。  雪成は帰りの車中、運転しながらずっと今日あった事を考えていた。  ヒートの事に関しては、今後のことを思うと、和泉にはもう二度と会わない方がいいだろう。だけど和泉も今までローガンのようにラットを起こした事がないのか、そこがどうしても雪成は知りたかった。会わないつもりでいるなら知る必要もない事なのだが、雪成の中には矛盾した思いが渦巻いていた。  魂の番というものが実際に雪成と和泉に当て嵌るのならば、今後余計な心配をして生きていく必要がないからだ。モヤモヤとスッキリしない日々を送ることが苦痛である雪成にとっては、何でも明確にしておきたい。  あの今田の件でもだ。本当に抑制剤に覚せい剤を混ぜて売り捌いているのか。本当ならば許せないことだ。菱本も黙ってはいないだろう。なぜなら菱本の最愛の妻は覚せい剤によって命を落としている。しかしそれはあまりにも残酷なもので、亡くなって十八年は経つが、今でも誰も一切口には出来ないものとなっている。 「はぁ……マジでもうヒートとか勘弁してくれよ。和泉だけならまだいいが……クソ」  赤信号で止まるなり、雪成はハンドルに肘を乗せてそこへ顔を埋めるように額を置いた。あの嫌な山口の顔もチラつき、雪成の苛つきは増していく。オメガを蔑む醜く歪んだ顔が。あの男の前でだけはヒートを起こしたくない。一瞬だけでも、山口に自身のフェロモンを嗅がれると考えただけで怖気立つ。そして山口の前でヒートを起こそうものならば、雪成の極道人生も終止符を打たれるだろう。  舌打ちをしたとき、後ろからクラクションを鳴らされる。信号が青になっていたようで、雪成は直ぐに車を発信させた。しかし後ろの運転手は虫の居所が悪かったのか、雪成の車の隣へとつけ、窓を開けてきた。 「さっさと走らんかいっ! ぶっ殺すぞぉ!」  五十代半ばと思しき男は、運転手が若い青年だと分かるや怒鳴りつけてくる。  雪成は静かに顔を男へと向けた。すると男はかなり驚いたようで、肩を跳ね上げさせると、頭を雪成へと何度も下げてから走り去っていった。 「なんだアイツ」  雪成はボソリと無表情で呟いた。この雪成の無表情が男には効いた。美人の無表情は時としてとても冷酷に見える。そして雪成には極道で培ってきたオーラというものを無意識に纏っていることも大きい。  そう、男には般若のオーラが見えたことだろう……。

ともだちにシェアしよう!