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《魂の》5

 今日も厄介なトラブルは無く、一日が終えようとしている。雪成はそろそろ自宅へ帰ろうかと、執務室のソファでダラダラと横になっていた体を起こした。  その時、雪成の身体に異変が起きる。 「は……?」  雪成も戸惑う程に身体が熱くなってきているのだ。この覚えのあり過ぎる感覚に、雪成は必死に冷静になれと自身に言い聞かせた。  しかしそう言い聞かさせれば言い聞かすほどに、焦燥は募っていく。いま中西は青道会の傘下組織の組長との会食があり不在だ。いま事務所にいるのはベータばかりの若中だが、五、六人はいたはずだと雪成は頭を抱えたくなった。 (こんな所で発情か? 抑制剤飲んでおくか)  雪成は谷原が処方してくれた抑制剤を飲んだ。即効性があるので、ものの数分で効き始めるはずだ。 しかし五分待っても十分待っても効果が無いばかりか、益々と身体が熱くなってきている。  抑制剤が効かないなんて事はないはずと、雪成の眉間のシワは深くなるばかり。 「まさか……」  和泉がこの周辺にいるのかと頭を過ぎったが、この辺りはオフィス街だ。よっぽどの事がないと、ここらには用はないはずだ。  下腹部がどんどん熱くなってくる。数分待てば治まるのかもしれないが、雪成はどうしても確かめたくなった。これは和泉にだけ反応するのかを。和泉がいま本当に傍にいるのかを。  雪成が勢いよくドアを開けると、事務所に詰めている若中らが一斉に驚いた顔を見せる。雪成は一番近くにいた、まだ二十歳そこそこの青年へとぐっと顔を近付けた。 「疋田(ひきた)」 「は、はい!」  何故か顔を赤くする疋田だったが、雪成は今はそれどころではない。 「俺、何か匂うか?」 「え? に、匂う?」 「そうだ。なんか甘ったるいとか、臭いとか、あるだろ」 「く、臭くないです! 風呂上がりのような石鹸のいい香りがします」  恍惚とした表情で疋田は言うが、恐らくそれはフェロモンに当てられたという訳ではなさそうだった。雪成は少し安堵する。 「そうか。ありがとな。今からデートなんだよ」  雪成は身を離すと、ニッコリと微笑む。疋田の顔は更に赤くなる。 「そ、そうなんですね。た、楽しんできてください」 「おう。お前らもキリのいい所で帰れよ。送りはいいから柚葉(ゆずは)、車のキーくれ」 「はい!」  この中では一番歳上の柚葉は三十八歳だ。年齢の割にはかなり俊敏な動きで、雪成へとキーを手渡した。 「サンキュ」  受け取った雪成は直ぐに事務所から出た。その瞬間、へたり込みそうになる。扉に背中を預け、息を整える。  良く耐えた方だと自分を褒めてやりたかった。もう下腹部は緩やかに頭を擡げている。心臓はバクバクと音を鳴らし、呼吸は荒い。こんな状態を知られたら、変態会長のレッテルを貼られる。 「ふぅ……いず……み」  フラリとよろめきながら雪成は扉から背を離すと、ゆっくりと階段を降りていく。もう頭の中は和泉のことしか考えられなかった。淫らな想像ばかりが膨らんでいく。  ビルから外へ出ると、多くの人間が歩道を行き交う。雪成のルックスに二度見をする者はいるが、誰もヒートには影響されていないようであった。

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