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《魂の》8
「俺も同じだな。アンタと出会うまでは一度も発情なんてした事がなかったよ。俺の快適ライフを返して欲しいくらいだな」
雪成はため息混じりに額に手を置いた。すると突然雪成の細い顎が掴まれる。
「は? なに?」
雪成は顎に掛かった指を振り払おうと首を振るが、更に力を加えられてしまう。反射的に雪成の目が鋭くなる。
「こんなに美人なヤクザもいるもんなんだな」
「なんだよそれ」
「キスしていいか?」
「は? 今ってそういう流れか?」
雪成が柳眉を寄せるが、和泉は意に介さず顔を近づけてくる。お互い発情もしていないのに、和泉には何のスイッチが入ったのか。
「まぁキスして減るもんでもねぇしな。そもそも俺はキスがあまり好きじゃないんだけどな、何でかお前との……」
いきなり深い口付けをされる。雪成の咥内へと侵入に成功した和泉の舌は、ねっとりと隠微に蠢いている。上顎を擦られる事がこんなに気持ちがいいのかと、雪成は夢中になって自分の舌を和泉の舌に絡ませた。
「ん……っ」
「あまり好きじゃないと言いつつ、上手いもんだな」
雪成の唇を最後にひと舐めして、和泉は男前の笑顔を向けてくる。雪成は胡乱な目を和泉へと向け、鼻で笑った。
「それで、何かまだ用があるんだろ?」
「なぜそう思う」
和泉がそう問うなり、雪成は車体を思いっきり蹴りつけるようにして足を置いた。鋭い音が駐車場内に響く。
「俺は、そういう駆け引きめいた事が好きじゃねぇんだよ。短気だからな」
「足癖悪いヤクザだな」
和泉は全くビビる様子を見せず、牙を剥く虎を宥めるかのように、雪成の太腿を撫でている。
「お上品なヤクザなんていねぇだろ。ったく、アンタといると調子狂うわ」
雪成は足を下ろすと、和泉の隣へと車に腰を預けた。
「とりあえずアンタの名前、和泉龍成で合ってんのか?」
「合ってるよ。隠す必要もないからな、新堂雪成」
僅かに顔を覗き込むようにして、和泉は雪成をフルネームで呼んだ。
「俺のこと、どこまで調べたのかは知らねぇけど、アンタが〝一般人〟だって言うなら、これ以上は首突っ込んでくるなよ」
雪成の忠告にも和泉は僅かな笑みを浮かべる。
「そう言うが、もうそういう訳にはいかないんじゃないか? 俺とお前は切っても切れない仲かもしれないしな。なぁ、〝雪〟」
「おい、雪って呼ぶんじゃねぇよ。女みてぇだろうが」
雪成は拳を軽く和泉の胸に入れたが、そこは思ってた以上に厚くて硬い胸板だった。しっかり鍛えている身体だと、服の上からも分かる体格だが、触れると想像以上のものに、雪成は内心で驚いた。
「女みたいってことはないだろ。雪は雪だ。綺麗だしな」
サラッと寒くなるようなセリフを和泉は口にする。クールな外見をしているが、口から出る言葉はクールではない。しかしそれがまたギャップとなって、和泉という男を更に魅力に見せるのだろう。
人誑しな男だと雪成は苦笑を浮かべた。
「だったら好きに呼べ。なら俺はアンタのこと〝龍〟って呼んでやるよ」
雪成がそう言うと、何故か和泉の口角が上がる。少しニヤついたような顔に、雪成は訝しげな視線を和泉へと遣った。
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