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《kingdom》

「なんだよ」 「いや、首を突っ込むなと言ったかと思えば、俺のことを龍と呼ぶって。関わらせたくないのか、関わりたいのか、どっちだ」 「……アンタ、いい性格してるな」  美しい琥珀の目で、雪成は紫がかった黒い目を睨みつけた。 「そうか? 初めて言われたな」 「……」  軽いため息を聞かせた雪成は、手で払い除けるように振ると、運転席へ乗り込んだ。ドアを閉めようとした時、和泉の手によって遮られる。 「なに」  邪険にする雪成へと和泉は身を屈めて、雪成の耳元へと唇を近付けた。和泉が近づくだけで秘かに身体が悦びで震えてしまう。 「身辺には十分気をつけろ」 「……は?」  雪成が思わず顔を向けると、そこにはキスが出来そうな程に近い和泉の整った顔がある。しかし驚くよりも先に和泉がスっと身を引いた。 「特に雪、お前自身がだ」 「どういう……ことだよ」  そう問う雪成には答えず、和泉はドアから手を離すと背を向けて行く。 「お、おい! 龍、どういうことかちゃんと言っていけ」  追いかけようとした雪成だったが、和泉の背中から放たれる闇色の気に、二の足を踏んだ。 「死神……」  無意識に口をついた言葉。だがそれは雪成の中で妙に腹に落ちた。  初めて会った時に感じた和泉の独特な空気は、勘違いでもなかった。人間の皮を被った悪魔かもしれないなと雪成は心中で笑った。  例え和泉が悪魔だったとして、なら自分はどうだと言うのだ。雪成も人様に誉められた人生を送ってなどいない。一般人からは嫌がられる、畏れられるヤクザだ。厄介な暴力団だ。 「でも何だろうな……。アイツは……龍は何に縛られてる?」  問うたところで答えなど返ってこない。雪成は一人苦笑いを浮かべると車に乗り込んだ。  翌日、雪成の店【kingdom】で問題が発生したと一報を受け、雪成は麻野が運転する車で店に向かっていた。  何でも客のオメガが、部屋で隠し持っていた発情促進剤を飲んで、盛大なヒートを起こしたようだ。kingdomの従業員は全てアルファだ。店内はパニック状態だと言う。雪成は表向きのオーナー宮城祐希(みやしろゆうき)に連絡を入れ、細かく指示を与えていく。 『新堂さん、早く来てください。二人が抑制剤が効かなくてラット状態で』 「あと五分程で着く。祐希、もう少し頑張るんだ」 『は、はい』  店内のパニック状態を収めたくても、宮城もアルファだ。発情したオメガに近づくことは危険しかなかった。  しかも二人のキャストが抑制剤が効かないなど、不安でしかないだろう。  こういう事が起きないように、kingdomに入店するオメガには入店条件を課している。  ヒートに入る数時間前には、オメガの体温が三十七度を超えるようになるため、必ず受付では体温測定がある。そして合法の抑制効果のあるドリンクを飲んでもらう。ただこのドリンクは、病院で処方してもらう様な抑制剤程の強いものではなく、副作用もほぼ無いため安全性には優れているが、百パーセントの効果は得られない。  従って、後は客のしっかりとした自己管理に頼らなければならない。〝安全日〟となる時期にという事だ。  

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