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《乱される》
今日は青道会の事務所がいつにも増して、賑やかなものになっている。市松組の若頭補佐の永野が来ているためだ。
「永野さんと会長の話、もっと聞かせてください」
事務所内の客室にて、青道会の若中が永野を囲んでいる。みんな目をキラキラと輝かせており、とてもヤクザとは思えない顔になってしまっている。
雪成は永野の対面のソファに腰を下ろして、飽きれた表情を隠せなくなっていた。
「お前ら、何度同じこと聞くんだ。永野さんも困るだろうが」
「でも、会長の十代のお話など、なかなか聞ける時はないですし」
雪成がまだ市松組へ入ったばかりの時は、歳の近い若中同士でよく殴り合いをしていたのだが、一度も負けたことがなかった。その武勇伝を若中らは永野から聞きたがり、そして聞いては何度も感動しているのだ。
「あとは、見ての通り、雪成のこの美しさに下心持った野郎が沢山いた事だな」
永野は可笑しそうに言うが、それとは正反対に若中らの顔は曇っていく。
「会長をそんな目で見るのは許せないですよ」
怒ったように一人が言うと、みんなが頷く。
「会長思いのいい子分らだ」
永野が目を細めて言う様は、弟を思う兄貴のそれだった。
そして永野は二時間ほど滞在して帰って行った。
「永野さんの用は何だったんでしょうね」
中西が雪成へと新しい茶を入れてテーブルへと置く。雪成はそれを有り難く受け取ると、喉を湿らせた。
「近くを通ったから、たんに寄ってくれたんだろ」
「なるほど。わざわざ寄られるなんて、本当に仲が宜しいですね」
「そうだな」
雪成は中西へと視線を流す。それを受け止めた中西は、雪成へと頭を下げると客室を出て行った。
こうして言葉に出さなくても、直ぐにその意を汲み取る中西は、出来た部下だ。それだけに雪成にとって大事な存在になっている。心から信頼出来る男と言っても過言ではなかった。
「会長、開けて宜しいですか」
ソファで横になろうかと身体を倒しかけたとき、ノックと共に麻野が伺いを立ててきた。雪成は「はいはい、宜しいですよ」と、座り直す。
「失礼します。お電話です」
雪成の黒いスマートフォンを大事そうに両手で持ち、雪成の前で片膝をつくと、献上するように差し出してきた。
(……コイツ、本当にヤクザか?)
まるで主君に仕える家臣のような所作に、漫画か映画の見すぎだと内心で笑った。
「もしもし、どうした? あ? 好きなもん買って好きなもん食えばいい。但し、分かってるとは思うが、外には出るなよ」
それだけ相手に伝えると、雪成は通話を切る。その様子に少し心配そうな表情を浮かべつつも、麻野は何も言わず一礼すると部屋から出て行った。
麻野の心配も分かるがと、雪成は一人になった部屋で長い息を吐いた。
「酒でも飲んで帰るか」
雪成は時間を確認すると、【hope】の電話番号をネットで調べて掛けた。何だか無性に和泉の顔が見たかったのだ。あの何事にも動じない男前の顔を。
なぜそう思うのかは雪成にも分からなかった。ただ難しい事を考えずにいられるし、少し自分を解放出来ることが楽なのだ。
後はこの間、和泉が言った言葉……それが一番気になっているということもあった。
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