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《乱される》4

 女性店員が雪成の来店に気付くと、頬を薄ら赤く染め、見惚れながら近づいてきた。 「い、いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」 「あぁ。ブラックで頼むね」 「は、はいー!」  雪成が微笑むと更に顔を赤くする若い女店員に、雪成は内心で可愛いなと思う。だが髪色が銀髪で派手なところが好みではなく、残念だと直ぐに興味が失せた。  雪成は窓際を案内されると、座るなりスマートフォンを操作する。かけた先はもちろんhopeだ。 「俺だ。どうだった?」  出た相手が和泉だと分かると、雪成はそう切り出す。 『あぁ、さっき治まったが、それまではラット状態だったからスタッフルームにいた』 「そうか。あと十分程したらそっちへ行く」 『それはいいが、なぜ直ぐに来ない』  和泉が疑問に思うのは当然だろう。hopeへ飲みに行くと連絡を入れて、わざわざ準備万端にしたのにと。 「十分くらい待てよ」  雪成が茶化すように言うと、電話の向こうから笑う声が聞こえた。通話を切って、雪成は目の前に置かれたブラックコーヒーのカップに口をつける。  そしてさりげなく窓の外や店内に視線を走らせた。ここへ入ったのは念の為だ。何もコーヒーが飲みたかったら入ったわけではない。  和泉に身辺には気をつけろと言われてから、特に和泉へ会うまでの行動には気をつけている。  青道会の事務所周辺、雪成のマンション周辺には特に青道会の目が光っている。こうして単独で動く時は、一番の目的地を知られないようにする。 (なかなか人通りが多いな……まぁ、こっちも紛れやすいが)  店内や、外には雪成をつけている陰は見当たらない。何処か建物から見られているかもしれないため、hopeにも長居するつもりはなかった。  十分が過ぎた頃、雪成は会計を済ませ、外へ出る。目線だけ左右の確認をすると、偶然を装った風に隣のビルの地下へ降りていく。  内心何をしてるのだと思わないでもないが、雪成は今、死ぬわけにはいかないのだ。  初めて中へと入るhopeの店内は、重厚な扉を開けると、黒と赤の二色で占められており、かなりシックな雰囲気だった。  カウンター席とテーブル席、ソファ席があり、テーブルとソファ席にはお洒落なランタンが一つずつ置かれていて、淡く優しい光がより一層店内の高級感を上げていた。 (いい店だな……。ヤクザなんて汚れた奴が来るところじゃなかったな) 「いらっしゃいませ」  カウンターから雪成よりも若い男性バーテンダーが迎える。空いているカウンター席に座ろうとした時、和泉が姿を現した。 「……っ」  お互いが一瞬息を呑む。ヒートはやり過ごせたはずが、姿を見ると心臓が大きく跳ねて、全身が一気に熱くなった。  やはり、姿を見ていなかった事が原因なのかと、雪成は舌打ちしたい気分だった。このまま和泉が傍にいるような所で、やり過ごすのは難しいと店を出ようとした時、ふと何故か身体が軽くなった。 (なんだ?)  和泉へと振り返ると、彼はとりあえず座れと、一番端のカウンター席へと目で促してきた。

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