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《緊張》
「なぁ、そろそろ機嫌直せ」
「別に機嫌悪くしてねぇだろ」
男二人では少し狭いベッドに、雪成は和泉に背中を向けて寝ている。その間雪成は、和泉へと顔を向けることをしていない。そんな雪成に和泉はご機嫌取りをしているようだ。
「なら何で顔を見ない?」
「……今は、自己嫌悪中なんだよ。暫くほっとけよ」
「自己嫌悪……?」
不思議そうな声を出す和泉に、雪成は途端に脱力して笑いが込み上げてきた。
「やっぱ、アンタは調子狂うわ。あんな事されて腹が立って仕方ねぇのに、結局快楽に流されて。それで自分が分かんねぇようになって、自分が気持ち悪ぃって凹んでたんだよ。でもそれも考えるだけバカバカしいなって今思ったわ」
ここでようやく和泉の顔を見ると、クールに見える顔が嬉しそうに綻んでいった。
「おい、龍も少しその強引なところは反省しろよ。いくらヤクザの俺でも、相手が嫌がってたら無理強いはしねぇし」
「俺も無理強いはしてない。嫌だと雪が言う時は譲歩してるし、雪も本気で嫌なら抵抗くらい出来るだろ」
痛いところを突いてくる。
「てめぇ、本当にいい性格してんな!」
「口が悪くなってるぞ」
「むぐ……」
言い返そうとした雪成の口は、和泉の唇によって塞がれた。
こうして二人で迎えた初めての一夜は、騒々しいながらも朝を迎えて終わった。
今回の二人の発情関連の事は、近くにいても顔を見ない時間が三十分を超えると、身体が熱くなる。恐らく三十分以上の時間が空くと、本格的なヒートになるかもしれないという事が分かった。
後は和泉がその筋の人間だということ。本来ならば関わるべき人間ではないし、始末もしなければならない人間かもしれない。だが和泉も全てではないにしろ情報をくれた。それを鵜呑みにする馬鹿なヤクザだと罵られようとも、雪成にとって和泉は〝敵〟という認識はない。
雪成を消したい人間が、雪成の思う人間と一致した事も大きな理由だった──。
「信じられません!」
午後の青道会の事務所。会長の部屋で大きな声が響く。きっと事務所に詰めている組員は何事かと驚いているだろう。
大きな声の主は、青道会の若頭、中西柊斗だ。そして大きな声を出されているのは言わずもがな、青道会の会長、新堂雪成だ。
「無事だったから良かったものの、何かあってからでは遅いんです。それは良くお分かりかと思いますが?」
ソファで脚を組む雪成は尊大な態度でいるが、しっかり叱られている図になっている。
中西が対面するソファには座らず、立ったままで鬼の形相で雪成を見据えているからだ。
どうしてこんな事になっているかは、昨夜の事を中西に伝えたためだ。こうして怒られる事を承知で伝えた。
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