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《緊張》4

 障子を開けて中の様子が目に入るや、雪成の動きは一瞬止まってしまう。 「そんな畏まらんでも。早く中に入れ」  菱本の笑声で雪成は我に返ると、頭を一旦下げてから、中へと入った。  菱本一人だと思っていたが、そこには若頭の橋下もいたのだ。にこやかとは程遠いが、雪成を軽視するような目は一切なく、いつものように歓迎の目を向けていた。  しかし、何かあるとは薄々感じていたが、部屋に組長と若頭、そして若頭補佐である雪成が揃うなど、何事かと思ってしまう。 「さぁ、雪成、今日は遠慮なく飲めよ」 「ありがとうございます」  組長と若頭、そして雪成が座る場所には脚の付いた膳があり、豪華な食事が乗っている。  時刻は午後一時半を回っているが、昼は抜いてきたため、緊張はあるが、雪成の食欲は更にそそられる事になった。  雪成が座布団に座ると、組長付きの片山が雪成に頭を下げてから徳利(とっくり)を手渡し、そして酒を注いでくれる。 「よし、揃ったところで乾杯というこうか」  菱本の合図で三人は徳利を軽く上げて乾杯をすると、酒を一気に飲み干した。空きっ腹に酒がよく沁みる。 「ところで雪成、小耳に挟んだんだが、先日お前の店のkingdomでひと騒動があったそうだな」  雪成は、大きな蟹の身が入った茶碗蒸しにつけていたスプーンを置く。  この事は身内しか知らないこと。そしてその身内は決して口外しない。それなのに菱本の耳に入る。  雪成は表情だけは変えないように、菱本に視線を移していった。 「はい。余計なご心配をおかけする事になり、大変申し訳ございません」 「何も雪成が謝ることではないだろう。ただな、そのオメガは大丈夫だったのか、気になってな」  菱本のことは全幅の信頼を寄せている。橋下に関しても何か裏があるとは思っていない。それに何かあれば菱本も橋下の前で、この話題は出さないだろう。  あのオメガの事を話しても、恐らくこの二人なら大丈夫だと信じている雪成は、あの日の出来事を詳細に語った。 「……なるほど」  話し終えてから、暫く黙っていた菱本はようやく絞り出すようにそう言う。その目の奥は静かな怒りに満ちていた。 「その青年は、ある意味雪成の店だった事が唯一の救いだったな」  菱本がそう言えば、橋下も静かに頷く。  二人にそう思って貰えることは嬉しいことだ。しかし雪成は今〝店であった事〟しか伝えなかった。(のち)に明るみになる事があるが、それは今はまだ親爺であっても言えなかった。後で叱責を受けようとも。  そうは言っても、菱本の目を見れば、きっと大体の事は察しているだろう事が伝わる。それは橋下も同じくだった。 「オメガというだけで、まだまだ下衆な考えを持つ人間がいるもんだ」  菱本が憎しみのこもった声を発する。やはりただ単に、オメガが勝手に発情して、騒ぎを起こしたとは思っていない事が明らかになった。

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