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《緊張》6

 橋下の強い思いが菱本にも伝わり、菱本は強く頷いて見せる。 「玲香が放置されていた場所は謂わば、チャイニーズマフィアの巣でもあった。わざわざそこへ放置したのは自分たちが関わっている事を知らせるため。そして手出しが出来ない相手だと分からせるためだった」  もちろん、本当に中国マフィアが関わっているのかをしっかり調べたようだ。間違っていれば話にならないからだ。とは言っても、犯人が特定出来ても中国マフィアなど、簡単に報復など出来る相手ではない。  もし日本のヤクザと中国マフィアが抗争するとなると、民間人の犠牲は免れないことになる。市松組だけでは終わらない事にもなる事を考えると、それはやはり恐ろしい以外なにものでもなかった。  菱本の事を思うと、雪成もやり切れない思いが渦巻いていく。 「直接手を下してやりたかったが、儂が動けば必ず地獄を見ることになる。断腸の思いだったが、他の人間に頼るしかなかった」  菱本がそう告げた時、雪成の心臓が大きく跳ねた。 (いや……まさか。だって十八年前だぞ) 「他人に委ねるなんぞと葛藤はもちろんあった。だが、奴らがのうのうと息をしていると思うと、やはり正気を保っているのが難しかった。だから儂は殺し屋に頼んだのだ」  闇サイトにある、とある掲示板に書き込めば直ぐに返事があったようだ。  大きな組織を束ねる立場じゃなければ、自分の手で葬り去りたかった菱本の気持ちがひしひしと伝わってくる。 「親爺……その殺し屋は単独だったんでしょうか? それとも組織ですか?」  雪成の問いに菱本は少し考えるようにして唸ってから、僅かに首を傾げた。 「それが全く分からんのだ。(かね)てから噂はあった。どんな殺しも完璧に行うと。だが証拠を一切残さないことで、警察含め、その殺し屋に関しては、誰一人としてその足跡(そくせき)を辿れる者はいなかった。だから本当に存在するのかも分からず半分都市伝説と化していたな」 「だけど、ちゃんと実行はされているという事ですよね」  菱本は頷く。 「そんな事もあって、未解決事件があると、警察は全てその殺し屋が関わってるのではと、匙を投げるように今でも言う者がいるようだしな。だからサイトに関しても眉唾ものだったし、返事があった時も半分は信用してなかったな」  だから菱本も大きな賭けのようなものだったと言う。だがその心配は杞憂に終わったようだ。  依頼してから一週間後に、向こうから遂行完了の連絡が菱本のパソコンに送られてきたからだ。ご丁寧に犯人の画像まで添付してあったという。  そして二十分以内に現場へ来られるなら、証拠を見せるとも記載があり、菱本は迷わず直ぐに一人で向かったと言う。 「なんと危険なことを……」  橋下が驚きと困惑で額を押さえる。過ぎ去った事でも、こうして親爺の危険を知らされると、雪成も心穏やかではいられない。  雪成は昨日の件で中西のことを思い、更に反省をした。

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