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《緊張》7

「向こうは、玲香を殺した犯人である証拠を綺麗に揃えてくれていた。あらゆる場所に設置してある防犯カメラにハッキングしたんだろうな。玲香が連れ去られるシーンから、丁寧に動画として残してあった。奴らの顔もはっきりと分かり、そして目の前で息絶える人間と同じである事を明確にしてくれたのだ」  雪成はゾクリと身を震わせた。いまは菱本も軽く言っているが、それが容易いものではないという事は、ここにいる三人はしっかりと分かっている。  ヤクザの力もそれなりにある。だが〝彼らは〟それを上回るものだった。  人を殺すことを生業にしているため、何もかもが周到に的確に事を成す。失敗は許されない世界だからだ。  玲香を弄び、死に追いやった中国マフィアは四人。血で現場を汚さないよう、みな首の骨を折られて死んでいたようだ。 「そう言えば、タブレット端末に記載されていた向こうのメッセージの最後に〝D〟と記されていたな。実行した者のコードネームかもしれないが……」 「そうかもしれないですね」  橋下が同意する横で、雪成は心中でそのコードネームを復唱していた。  〝D 〟は和泉龍成の名前からもDは含まれていない。 (でも別読みをすれば繋がる……?)  喋るとは思えないが、今度会った時にストレートに聞いてやろうと、雪成は秘かに思った。 「だがな、奴らの死に顔を見ても、何もスッキリはしなかった。しかし、奴らがのうのうと生きてると考えただけで、やはり儂は正常ではおられんかっただろう。だから、奴らを消してくれた者には、本当に感謝している」  それから直ぐに、真っ黒な衣服を身につけ、仮面と帽子を被った男が二人現れたようだ。そして死体を速やかに運び、タブレット端末など回収していったという。  一言も言葉を発せず、淡々と。恐らく彼らも、人前に姿を現すことの意味をしっかり踏まえて現れたに違いない。菱本を信用したから、とはまた違うのだろうが、菱本という〝男〟を見たのだろう。  その後中国マフィアがどうしたかは菱本は語らなかったが、その頃世間を騒がすような事がなかったため、殺し屋が上手く切り抜けをしたのかもしれない。  そして今、菱本がこの話を雪成と橋下にした意味は、考えるまでもない事だ。更に身が引き締まる思いだが、このタイミングで何故と、つい首を傾げたくなった。 「それで今日、雪成をここへ呼んだのは、もちろん顔が見たかった事もあるが、今後のことを話しておこうと思ってな」 「はい」  雪成は居住まいを正す。その胸中は緊張と不安が渦巻いている。手にも汗を握ってしまう程だった。 「雪成、橋下が推薦している事もあるが、次の、この市松組の若頭はお前だと決めている」 「お待ちください!」 「新堂」  雪成は咄嗟に立ち上がろうと膝を突くが、橋下に咎められ腰を落とした。 「親爺、まさか……どこかお加減でも悪いんですか?」  雪成は心底に心配して動揺までしているのに、菱本と橋下は同時に笑い声を上げる。  雪成は思わず眉間にシワを寄せてしまった。
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