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《緊張》8

「親爺? 橋下さん?」 「いやいや、悪い。儂は今は健康そのものだ。だがもう年齢的に若くないのは事実だろう? 跡継ぎに関してもしっかり決めておかないとならないからな」  菱本が陽気にそう言うが、雪成の不安はまだ払拭されない。 「昔から勘はいいが、こういう事に関しては勘は働かんか?」 「健康面の事までは分かりませんよ」 「そうか」  菱本が愉しそうに笑う。その横で橋下は至極真面目な顔つきで雪成を見ていた。  雪成は和みかけた気持ちを引き締め直す。 「新堂、組長の健康面は本当に大丈夫だ。心配しなくていい。それで話を戻すが、俺も組長に推薦している通り、次の若頭はお前だと決めている」  この大きな組織のトップとナンバーツーが雪成を次期若頭と決めたのならば、それはもう決定したものと言える。誰が反対しようとも、それは組長と若頭が決定を変えない限り覆ることはない。  しかしと、雪成は少し頭を抱えたくなった。いずれ自分もこの大きな組織のトップに立つという宿望がある。  極道にオメガの頂点などと、誰にも笑わせない世界を作り上げていくという宿望だ。  でもそれは簡単なものではない。先ずは幹部連中が黙ってはいないからだ。 「大変有り難い事ですが、そう簡単なものではない事はご承知のはずです」 「儂と橋下を敵に回す度胸のある者は、いつでも仕掛けてくればいい」  菱本の眼光の鋭さに、雪成は自分に向けられているわけでもないのに、息を呑んだ。やはり菱本には畏怖の念を抱かずにはいられない。  この男を超える事など、大それた事は考えるだけでも烏滸がましいことだが、それでもこの男に少しでも近づかなければならない。まだ橋下にも到底及ばない雪成だが、この二人に少しは認めてもらえているという事実を忘れず、驕らず前へ突き進んでいくしかないのだ。 「まぁ、まだまだ儂も元気だから、少し先のことだが、頭に入れておいてくれ」 「はい、ありがとうございます。ですがお聞きしても宜しいですか? なぜ私なのか」  そう訊ねる雪成に、二人は顔を見合わせてから笑う。 「じゃあ、逆に訊ねるが、雪成は次の若頭にと推せる人間はいるのか?」  そう来たかと、雪成は一瞬口を噤む。世辞でも何でも直ぐに誰かの名前をと思ったが、そんな事をしても二人には雪成の心中などお見通しだろう。 「ヤクザも年功序列の世界じゃない。能力のある人間、器量のある人間、そして人を心服させる人間が上に立つものだ。まだまだ細かな事はもちろんあるが、この三つは一つでも欠けてはならん。どうだこれを満たす人間がお前以外にいるか?」  雪成は苦笑を浮かべるしか出来ない。  菱本は贔屓をする人間ではない。雪成を特別可愛がってはくれているが、仕事面では容赦なく、出来なければ厳しい叱責を受けてきた。  菱本は平等に〝人〟を見る人間だ。腹に一物がある人間などは恐らく見破られているだろう。

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