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第2話 恩義のために
陽葵と入れ替わるように1人の男が姿を現す。
「直 。いつも急で、ごめんね」
カツカツと響く足音と共に現れた男、三崎 恒久 。
三崎は、30代前半にしては、綺麗で儚い空気を纏っている男だ。
きちんとご飯を食べているのかと心配になるような細さの身体を包むのは、オーダーメイドのスーツ。
着こなしと所作から生まれる色気は、周りの人間を魅了する。
色白美人と言えば聞こえはいいが、青白くすら見える顔色は、風が吹くだけで倒れるのではないかと思わせるような危うさを伴い、庇護欲をそそられる。
見方によっては、頼り無げな姿が母性本能を擽るらしく、それを裏づけるようにこの男には、パトロンたるマダムが数人いる。
人たらしの才に加え、経営の手腕もなかなかのものだ。
三崎が経営している店は、ガールズバーや風俗等、ここを含めて4店舗で、どこもいつでも大盛況だ。
メディア業界にも足を突っ込み、普通のセクシー系からゲイビデオまで複数のレーベルを所持していた。
「恒さんの為なら、どうってコトないですよ」
歩み寄る三崎に、笑顔を向ける俺。
呼応するように、三崎も柔らかく笑みを浮かべる。
ここで起きた従業員と客のいざこざを解決するのも、俺の仕事。
だが、ここの仕事は無償で請け負っている。
三崎に惚れているからとか、そういう理由ではなく、俺はこの人に借りがあり、その恩義のために仕事を請け負っていた。
俺の母親はシングルマザーで、ホステスをしていた。
No.1などは程遠い薄給のホステス。
そんな母が保証人なしに借りられる家など、高が知れていた。
俺が住んでいたのは、隣のテレビの音まで筒抜けるような薄い壁のボロアパートだった。
母親の化粧の匂いも、香水の香りも嫌いだった。
朝からその匂いを纏った時、大概暫く帰って来なくなるからだ。
男狂いのどうしようもない女だった。
帰ってこないと言っても、1週間に1度は家に寄っているようだった。
俺が学校へ行っている間に帰ってきた母は、万札だったり、時には500円硬貨1枚をテーブルに置いて、居なくなる。
長くても1ヶ月も経たないうちに男に捨てられ戻ってくるのが常だった。
そのアパートの隣の住人が三崎だった。
家の前で擦れ違えば、挨拶をする程度には面識があった。
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