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第4話 あっさりと消された可能性

 ご多分に漏れず、三崎に恋をしていた時期もある。  19歳の俺は、20代後半の大人な三崎に恋をした。  綺麗な見た目に、切れる頭脳。  柔らかな物腰と、醸される色気。  好きになるなという方が、無理な話だった。  三崎がバイだと知り、思い切って恋人に立候補した。  勇気を出した俺に、“俺は、直には甘えられないから、無理だよ”と、三崎はあっさりと可能性を消す。  三崎にとっての俺は、頼りになる恋人ではなく可愛がりたい弟で、甘えられる存在じゃないと言い切られた。  試しに付き合ってみてもいいが、素直に甘えてこない自分に、フラストレーションを溜め込むコトになるだろうと苦笑される。  そんな俺には、手放しで甘えてくる人の方が合っていると思うと、…この関係に進展はないと、打ち切られた。  確かに俺は、甘やかされるより、頼られたい。  そうなるには、三崎を追い越さなくてはならない。  でも俺は、いつまで経っても三崎と対等になどなれず、追い越すなど夢のまた夢だと感じていた。  追いかけても追いかけても、三崎には追いつける気がしなかった。  この時、三崎と付き合えていても、ダメな自分ばかりが目に留まり、不甲斐なさに自己嫌悪に陥っていたコトだろう。  フラれた瞬間は、すごく悲しかった。  でも、三崎の言葉は俺を納得させた。  “好き”という想いより、“憧れ”に近かったのかもしれない。  “恋人”という関係への憧憬(どうけい)が、俺を突き動かした。  でも、 憧れだったからこそ、三崎の言葉は俺の気持ちを落ち着かせるコトに成功した。 「1人、追い払ってもらいたいんだけど。頼める?」  俺の斜め前に腰を下ろした三崎は、小さく首を傾げ、お伺いを立てる。  4年前、21歳になった俺にすべてを託し、三崎は30歳を目前に事件屋の仕事から足を洗った。  実入りはいいが、怨まれるコトも多い仕事だ。  三崎は、危険に曝されていた命を守る方向に舵を切った。  ハラハラするスリルと片付けた仕事の達成感よりも、安心感のある生活を選択した。  自動的に、三崎に関わる危険物の処理は、俺の役目となった。  三崎の後ろ楯を失った俺は、舐められないように、“威厳”の意味合いで右胸に刺青(すみ)を入れた。  今では、裏の世界で食っているヤツの中で、俺に歯向かおうなどと思う命知らずは、まずいない。  その程度には、幅を利かせている。 「陽葵に、まとわりついてるんだけど」  ふぅっと疲れたように吐かれる三崎の溜め息。 「あー、なるほど。あの顔、そいつの仕業か。陽葵のクズ男ホイホイっぷり、治んないっすね」  意図せずに、俺の口から苦笑が漏れた。  陽葵は、ここのNo.3。  トップとまではいかないが、それなりの容姿に懐っこい性格は、数人のコアな客を惹きつけた。  困っている人間を放っておけないお人好しの陽葵は、よくクズな男に惚れられる。  三崎の店の商品を守るため、俺は何度か陽葵の身辺整理をしていた。 「…たぶん、軽く脅せば消えると思うんだ。俺が……」  “処理してもいい”と、続きそうな三崎の言葉を遮った。 「いいっすよ。俺が片付けます」  くいっと口角を上げ、見本のような笑顔を向ける俺に、三崎はホッとしたように肩の力を抜き、静かに“よろしくね”と呟いた。

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