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第9話 オレで役に立つのなら
音に釣られ、数メートル離れた歩道橋の昇り口に瞳を向ける。
オレの視界には、頬を押さえる女と、怒りに肩を震わせる男が映る。
男の手が、再び女に向けて振り上げられる。
オレは、考えるより先に身体が動いていた。
走り寄り、振り上げられた男の腕を掴む。
「女の子、叩いちゃダメでしょ」
腕を掴まれた男は、ぎょっとした顔でオレを振り返った。
「理由がなんであれ、男が女に手を上げるのはナシでしょ」
16歳にして伸びきったと思われるオレの身長、179センチ。
腕を振り上げていた暴力男は、160センチあるかないかで、オレは男を見下げ首を捻った。
オレより10歳は年上であろう男。
だけど、ひょろひょろの痩せ型で、取っ組み合いの喧嘩になったとしても、オレに分 があるのは一目瞭然だった。
オレに掴み上げられている手を振り解いた男は、ちらりと叩いた女を見やり、チッと舌を鳴らした。
「なんだよ。思わせぶりな態度とりやがって。もう、行かねぇからなっ」
捨て台詞を吐き、男は逃げるようにオレたちの前から去っていった。
あっさりと引いた男に、肩の力が抜けた。
叩かれた彼女は、頬を押さえたままに、男の背を見やる。
「オレ……、間違った?」
女に手を上げるのは間違っていると思ったが、色恋沙汰に首を突っ込むべきじゃなかったのかと、思わず問うた。
オレの声に、彼女の瞳がこちらへと向く。
「ぁ、ううん。ありがと。助かった」
少し赤くなった頬のままに、彼女はにっこりと笑む。
「あの人、お店のお客さんでね。いっぱい高いお酒とか入れてくれたんだけど、貢いだんだから、俺の女になれってしつこくて……」
彼女は、眉尻を下げた困り顔で、男が消えた方角に視線を向ける。
「浅岡 っ! 何やってんだ!」
オレがいないことに気づいた現場のおっちゃんの怒声が飛んできた。
「ぅあ! ごめんなさいっ」
現場を振り返り、声を返す。
「あ、ごめんね。仕事もう少しかな? 待っててもいい?」
叱られるオレに、彼女はあわあわとしながら、早口に問い掛けてくる。
「え、あ。うん、あと15分くらい。待つって……そっか、あいつ戻ってきたら、怖ぇえもんな」
あの男はたぶん、彼女のストーカーなのだろうと踏んだ。
オレの存在があいつへの牽制になるのなら、別に構わない。
「終わったら、送ってくよ」
オレの返答に、彼女は現場の傍で仕事の終わりを待っていた。
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