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第18話 照れ隠しなら可愛いが
先月、完成したスズシログループの自社ビル。
どのフロアも、スズシログループ傘下の企業が入っているが、まだどこも稼働はしていない。
その1階にある会員制のバーになる予定の場所に足を踏み入れる。
内装が済んでいない店内は、養生テープでビニールが貼りつけられたままになっている場所もある。
カウンターの奥、1人の男がしゃがんで作業していた。
「愁さん」
俺たちに背を向けている男、愁実に声を掛ける。
長めの柔らかそうな髪を、ふわりと舞わせ、愁実が振り返る。
垂れた目尻がさらに落ち、薄い唇が弧を描く。
「いらっしゃい」
ゆったりと腰を上げた愁実は、店内にさらりと視線を走らせた。
「ごめんな。まだ椅子も届いてないんだ」
困ったように笑む愁実に、俺は構わないというように首を横に振った。
「呑みに来た訳じゃないんで。郭さんは?」
簡単に見渡せる狭い店内に視線を配りながら、愁実に問う。
「直ぐ来ると思うよ」
部屋の角に向かった愁実は、無造作に置かれているビニール袋を漁る。
「コーヒーでいい? ……そのコも、ブラック飲める?」
ビニール袋から缶コーヒーを取り出しながら、瞳を向けてくる愁実に、俺の後ろにくっついていた明琉は、小さく首を縦に振った。
「なにキョドってんの?」
愁実から2本の缶コーヒーを受け取りながら、明琉に問う。
「べ、別に」
不貞腐れ気味に言葉を放つ明琉に、ここぞとばかりに揶揄ってやる。
「ヤキモチ?」
漏れそうになる笑いを堪えるように紡ぐ声に、明琉はいつも通りの反応を示す。
「だから、違うって」
むっとし、面白くなさそうに視線を背けた明琉は、俺の手から引ったくった缶コーヒーのプルタブを上げ、ごくごくと喉へと流し込んだ。
陽葵の元を離れ、俺の家に辿り着き、口を開いた。
「陽葵に付き纏ってたヤツ、もう1発、ダメ押しで締めとくか……」
陽葵の元から連れ帰ってきた明琉の顔を見ながら呟いた。
話の雰囲気から、もう陽葵の前には現れないだろうと思われたが、念を入れておくに越したことはない。
「あいつも抱くの?」
俺の言葉に明琉は、自分と同じようなコトをするのかと、不服げな顔をした。
「お。一丁前の独占欲か?」
俺の身体は自分のものだと言いたげな明琉の言い草に、揶揄い半分に言葉を投げる。
明琉が独占欲など、抱く訳がない。
会って数時間。
人違いで暴行してきた相手に、そんな感情を抱くとは思えない。
解っていながらも問うた俺を、明琉は鼻で笑った。
「……いや。オレの立場で独占欲はダメでしょ」
平坦な音で俺の言葉を否定した明琉は、微かに傷ついたような顔をする。
「じゃ、ヤキモチか?」
ヤチモチなんて妬く訳もない。
言葉が違うだけで、意味は一緒だ。
俺は明琉の嫉妬心を欲していた。
有り得ないと解っていながらも、希望を抱き、冗談めかしに明琉を詰める。
「ち、違ぇしっ」
うるさいと言わんばかりに、苛立ち混じりの声を放たれた。
照れ隠しとも取れなくないその態度は、少なからず俺の溜飲を下げた。
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