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第19話 ちょうど良い、惚気先
「………ぅ」
缶を空にした明琉は、ブラックの苦味に顔を顰める。
ははっと、あからさまな笑い声を立てる俺。
初心 な明琉を揶揄って楽しんでいるのだと、笑いを乗せ、空気を軽くする。
「お待たせ」
まだビニールが剥がされていない奥の扉が開かれ、郭遥が顔を出す。
シュッとしたビジネスマン然とした郭遥の姿に、明琉の瞳が留まる。
「随分と可愛いコ、連れてるな?」
近寄り、下から煽るように明琉の顔を確認した郭遥は、少し驚いたような音を纏う声を発した。
「……JOUR に来ない?」
まぁ、まだ準備中だけど…と言葉を繋ぐ郭遥に、俺は2人の間に入り、値踏みするような無遠慮な視線を遮る。
「やめろ。俺のもんに唾つけんな」
イラっとした感情のままに開いた口に、言葉が滑り出ていた。
俺の方が、独占欲丸出しじゃねぇか……。
自分の失言を心の中で嗤いながら、言葉を足す。
「郭さんには、愁さんがいるでしょ」
手にしている缶コーヒーのプルタブを引く。
缶を傾けながら、半分閉じた瞳を向けた。
意地悪げに紡いだ俺の言葉に、郭遥は、あははっと豪快に笑った。
「冗談だよ」
そんなに怒るなよ、とでも言うように、俺の背をパンパンっと叩く。
俺の嫉妬に勘づいた郭遥は、可笑しそうに、くすくすと笑いながら言葉を続けた。
「愁実には、店の管理を任せるつもりだよ」
呆れたような瞳を向けている愁実の傍に寄った郭遥は、その肩に腕を回し、耳許に唇を寄せる。
「やめろ」
触れる寸前に、愁実は心底嫌そうに、その顔を押し退ける。
俺たちへと瞳を向けた郭遥は、“困ったちゃんだ”というように、お手上げのポーズを取った。
“照れてる俺の恋人、可愛いだろ?”とでもいうように、視線で俺にマウントをかましてくる。
ぽかんと2人のやり取りを見やっていた明琉に、郭遥の視線が留まった。
「綺麗だろ? 俺の恋人」
愁実に冷たくあしらわれようと、郭遥は微塵も懲りていない。
肩に回した手で、愁実の髪を弄ぶ。
愁実も愁実で、いちいち反応するのも面倒だというように、郭遥の悪戯を放置する。
郭遥は、とにかく恋人である愁実を自慢したいのだ。
10年越しに手に入れた愁実が、愛しくて堪らないといったところだろう。
自慢したいと思ったところで、恋人は同性で、誰彼構わず惚気られるものではない。
俺はちょうど良い、惚気先というわけだ。
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