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第20話 不安の渦中に
暫く、ぽかんとしていた明琉の顔が、不審げに、きゅっと歪んだ。
嫌悪を浮かべる明琉の顔に、郭遥は得意気な表情で口を開く。
「その顔は、“お前、結婚して子供までいるクセに男の恋人って、どういうことだよ?”ってところか?」
顔色から明琉の責めるような思考を読み取りながらも、郭遥は余裕の笑みを浮かべた。
「ぁ、いや……」
無意識に責めるような視線を向けていたコトに気づいた明琉は、慌てて瞳を逃がす。
「あっちは偽物。世間体ってヤツだよ。俺の本命は、こっち」
愁実の頭を引き寄せ、その髪に頬を埋めた郭遥は、幸せそうに微笑む。
「俺は同性愛者。女は抱けない。抱けなくとも今の技術があれば、子供は成せるんだよ」
影のある顔を見せた郭遥は、ゆったりと瞳を閉じ、何かを振り払う。
「外は、居心地が悪いからね。世間体を気にすれば、素でなんていられない……」
疲れたように溜め息を吐いた郭遥は、言葉を繋ぐ。
「体裁なんて繕わなくて良い場所。抑圧された欲求を解放できる場所。そんな場所を作りたくてね。秘密倶楽部…、完全会員制のゲイ風俗の“JOUR ”の準備をしてるんだ」
自分が出てきたビニールが貼りつけられたままの扉を親指で指す。
「そこで働かないかっていう誘いだったんだけどね。天原が許してくれなさそうだね」
残念だなぁ…と、感情の籠らない声で呟かれ、明琉には見えない位置で、俺は顔を歪める。
「で。そこの顧客になりそうな人物がいるんだけど……」
郭遥の顔から、ふざけた雰囲気が消えた。
ここからは仕事の話だというように、空気が締まる。
城野商事 というそれなりの大手企業の一人息子が、記者に周辺を嗅ぎ回られ困っているという話だった。
外面は良く、周りには優しい男として認知されているが、実際は少し乱暴者で、セックスの相手を虐めるコトに興奮を覚える一面があるらしい。
ただ、そんな一面をスッパ抜かれるわけにはいかないといったところだろう。
「比留間に任せてもいいんだけど、大事 になりかねないし、城野が嫌がるんだよね……」
困ったもんだというように、郭遥は眉を潜めた。
「付き纏っても旨味はないと思わせればいいんだろ。あとは、他のネタでも提供して……」
「やり方は任せるよ」
ぶつぶつと呟く俺に、郭遥の声が被る。
ふと滑った郭遥の瞳が、明琉を捉えた。
「ここでの話は、他言無用だからね」
明琉に向かい、唇に人差し指を押し当てる。
ぐっと唇を真一文字に結び、黙ったままに首を縦に振る明琉に、上出来だというように郭遥の手が、その頭をぽんぽんっと叩く。
そんな接触すら気に食わず、俺は顔を顰める。
不機嫌を丸出しにする俺に、くすりと笑った郭遥は、愁実に目配せする。
ポケットから名刺入れを取り出した愁実は、そこから1枚を引き抜き、裏返す。
何かを追記した名刺を、明琉へと差し出した。
きょとんとその紙を見やっている明琉に、郭遥が口を開く。
「暇潰しの相手なってやってよ」
横から覗いたその名刺には、携帯の番号だと思われる数字と、アドレスが追記されていた。
「ぁー。オレ、携帯持ってないんだ」
申し訳なさげに苦笑を浮かべる明琉。
明琉の返答に、郭遥が俺の耳許に顔を寄せた。
「携帯くらい持たせといた方がいいよ。……かっ拐われても知らないよ」
耳打ちされた言葉は、俺の心を、いとも容易く不安の渦中に投げ込んだ。
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