26 / 97

第26話 嫌なアナウンス

「郭遥。ちょっと、こっちに来れる?」  深刻な音が滲む愁実からの電話に、不穏な空気を感じ取る。 「ぁあ。直ぐに行く」  作業中だった仕事は、翌日へと持ち越し、俺はその足で愁実の働くバーに向かった。  店内では、愁実と楽しそうに会話をしながら、明琉がコーヒーを飲んでいた。 「ここは、喫茶店じゃないぞ?」  思いの外、穏やかな空気が充満しているバーに、明琉へと嫌味を投げた。 「わかってるよ。オレがコーヒー飲みたくて来たんじゃなくて、愁実さんに連れてこられたんだよ」  困ったような顔をし、視線を流す明琉の仕草に釣られ、愁実へと瞳を向けた。  俺と視線を交差させた愁実は、苦笑いを浮かべる。 「明琉、少し待ってて。…郭遥」  俺の名を呼んだ愁実は、明琉を店に残し、“VIP ROOM”と書かれた扉を開けた。  実際に、そこに部屋はない。  あるのは、地下の秘密倶楽部、“JOUR”へと続くエレベーターだ。  最近、開店したばかりの“JOUR”で何かあったのかと、俺は愁実に続いた。 「黒藤(くろふじ)が天原の周辺を嗅ぎ回ってる」  地下へと繋がるエレベーターには乗らず、愁実が口を開いた。  愁実の言葉に、俺は眉根を寄せる。 「夕方には戻るって言ったのに、天原が帰ってこないって、明琉がさ。珍しく手こずってんのかなって、明琉は笑ってたんだけど……」  閉じられた扉の向こうにいる明琉へと視線を飛ばし、険しい顔をする。 「なんか嫌な感じかして、天原のマンションに行ったんだ。マンションの側で、黒藤の所にいた男、見たんだよね」  難しい表情のままに、懸念に塗れた瞳を俺へと向けた。  黒藤は、最近勢力を伸ばしてきた半グレ集団の幹部の1人だ。 「何もなければそれに越したことはないけど、あそこに置いておくのは危ない気がしてさ、連れてきたんだ」  黒藤に繋がっている裏ビデオに出演した経験を持つ愁実は、得体の知れない不安に、明琉をここへ招いたらしい。 「ただのオレの杞憂かもしれないから、明琉には1人で家にいても暇だろうって、ここに連れてきたんだけど……」  考えすぎであり何もなかった時に、要らぬ不安を与えぬため、愁実は自分が感じた不穏な雰囲気は明琉に伏せていた。 「天原と連絡、取ってみてくれないか?」  お伺いを立てるように願い出る愁実に、俺は二つ返事で天原へ電話をかけた。  俺の心臓を、ぐっと握るアナウンスが耳に届く。  それは、電源が切られているというアナウンスだった。

ともだちにシェアしよう!