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第29話 せめてもの救い < Side 天原

 くそ……っ。  工場であったであろうコンクリートが剥き出しのだだっ広い場所。  埃の被ったブルーシートの下には、役目を終えた時代遅れの大きな機械が眠っている。  そのど真ん中で俺は、天井からぶら下がる鎖に、両手をまとめて拘束されている。  地面につく足は、床から不規則に飛び出している折れ曲がった鉄骨に括りつけられている。  遊びなく固定されている俺の身体に、自由はない。  ぼろぼろに破れたシャツは、もう衣服とは言えない。  辛うじて、下半身を覆うジーンズは多少のダメージ加工程度で形を保っている。  衣服のあらゆる所は、俺の血を吸い赤黒く変色していた。  腫れ上がった右の目蓋は、その視界を半分、削っている。  口の中には、鉄の味。  床に転がっているのは、血と共に吐き捨てた欠けた俺の前歯だ。  唾を吐いても吐いても新たな傷を与えられ、面倒になった俺は、口を閉じるコトを止め、溢れる血液混じりの唾液を垂れ流す。 「見つかったぁ?」  緩く言葉を吐いた黒藤は、直立不動で居心地が悪そうに視線を逸らす男たちに、溜め息を吐く。  黒藤が、半グレ集団の幹部に成り上がったのは、つい最近だった。  狡賢さに長けているこの男が幹部に参入し、集団が徐々に勢いを増していた。  黒藤が探しているのは、明琉だ。  こいつは、明琉が俺の大事なものだと知っていて、目の前でいたぶり、見せしめにするつもりなのだ。  今回、明琉を連れて来ていなかったコトだけが、せめてもの救いだった。  黒藤と俺の最初の接点は、愁実の一件だった。  愁実を見つけるまでは容易にコトが運んだ。  あの古いレーベルから流れる先は、限られていた。  ただ、愁実を管理している事務所が厄介だった。  その事務所のトラブル解消の役割を担っていたのが、黒藤だった。

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