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第31話 壊すなら、目の前で

 復讐代行の仕事を依頼したいと連絡があり、相手の居場所も把握しているという依頼人に案内された場所が、ここだった。  先に中へと促され、埃塗れの廃れた空気に相手はどこにいるのかと振り返ろうとした瞬間、腰に激しい痺れと痛みが走った。  痛みの原因へ向けた瞳には、男が俺へ押し当てたスタンガン。  やられたと思ったときには、意識が飛んでいた。  腕を吊るされ、足を固定された状態で、パシパシと叩かれた頬に瞳を開いた。  俺の顔を仰ぎ見るように覗く黒藤が口を開く。 「まさかオレの顧客まで、侵害してくるとはね?」  何様なの? とでも言いたげな挑戦的な声色で放たれた言葉に、俺は眉根を寄せた。 「誘いを足蹴にされたけど、不干渉でいてやったのにさ。オレのテリトリーまで侵してくるって…どういうつもりなのかな?」  自己保身の言い訳を紡ぐつもりなどない。  負け犬のように吠えるつもりもない俺は、ただ黙って黒藤の顔を睨めていた。 「折角、幹部(ここ)まで伸し上がったのに、おまえのせいで全部パーだよ」  どうしてくれるんだと俺を責めた黒藤は、嫌味ったらしく溜め息を吐く。  疲れたように鼻で息をついた黒藤。 「オレとお前は、因縁の相手なんだね。敵対するように運命が仕組まれてんのかね?」  不思議そうに首を傾げて見せた黒藤は、すっと瞳を細くする。 「お前壊さないとオレのメンツ立たないんだよね。でも、男を犯す趣味ねぇし……」  考えあぐねるように、視線を浮かせる黒藤は、“殺す”ではなく、“壊す”という単語を選んだ。  死んで楽になどさせない、壊された心で苦痛に塗れて廃人のように生きていけ、と。  何かに気づいたように瞳を戻した黒藤は、ポケットから出したフォールディングナイフで、俺のシャツの首回りに裂目を入れた。  破れた場所に力を掛け、俺の胸許を肌蹴させる。  俺の右の胸に咲く白いユリにナイフのブレードでペタペタと触れる。 「これと同じの持ってるヤツ、探してきてくんない?」  少し離れた場所で、俺たちのやり取りを気怠そうに見ていた男たちに、視線と声を投げる。  何を言っているのかと不思議そうに顔を見合わせる男たちの飲み込みの悪さに、表情を歪めながら言葉を足す。 「こいつ壊すなら、大事なもんを目の前で嬲り殺すのが手っ取り早いんだよ」  どす黒い笑顔を浮かべた黒藤の瞳が、俺を見やる。 「お前の性格上、自分の為の命乞いなんて死んでもしねぇじゃん?」  堪えきれないとでも言いたげに、くつくつと笑った黒藤は、いってらっしゃいと男たちを送り出した。 「あいつらが戻るまで、死なねぇ程度にストレス解消させてもらうかね」  男たちが明琉を探しに出ている間中、俺は黒藤のサンドバックと化していた。

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