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第32話 焼かれ爛れる
数時間をかけ、手ぶらで帰ってきた男たちに、溜め息を吐く。
「なぁ。どこにしまってんだよ? お前の大事なもん」
ばしぱしと叩かれる頬は殴られ過ぎて、赤紫色に変色し、腫れ上がっていた。
一斗缶の中で、バチバチと音を立て燃える炭。
その中を火バサミで探った黒藤は、真っ赤に燃え盛る1片を取り出した。
「もう、覚えたよね?」
男たちに、ちらりと一瞥をくれた黒藤は、徐に火バサミで挟んだ炭を俺へと近づける。
押しつけられた炭に、ジュっと嫌な音がする。
「ぅ、ぐ…………っ。か、はっ………」
皮膚の焦げる悪臭と、熱さが痛みとして身体を襲う。
俺の胸許に咲いていた白いユリが、焼かれ爛れる。
熱さと痛みに、叫ぶコトすら儘ならなかった。
「ねぇ。どこに隠したの?」
ぐりぐりと押しつけられる熱源に、許容を越えた痛みは、意識をぶつ切りにする。
何度か白目を向く俺に、炭を戻した黒藤は、汗や血で汚れた髪を鷲掴む。
「あのコも可哀想だよな。お前に会わなけりゃ、普通に暮らせてただろうにね」
ぐっと首を仰け反らされ、半開きの視界に、うわべだけの同情を纏った黒藤の顔が映り込む。
「オレたちに捕まって生け贄んなるか、隠れて怯えながら暮らしていかなきゃいけないなんて、憐れだよね」
「ぐ、ぁ………っ」
空いていた黒藤の片手が、爛れた刺青に爪を立てた。
「人様の人生ぐちゃぐちゃにして、楽しい?」
がりがりと引っ掻かれる傷口に、泡を吹いていた。
自分の快楽のために、人を貶めている訳じゃない。
俺には、それしか生きる術がなかっただけだ。
……だが、そんなのは、言い訳でしかない。
自分が生きるために、男の尊厳を、へし折ってきた。
俺がやられるのは、因果応報というヤツで、殺されても文句は言えない。
でも、明琉は違う。
助けるために、守るためにと刻んだ刺青が、仇となる。
今さら後悔をしたところで、こんな俺に明琉を守れる力はない。
逃げてくれと、切に願う。
助けてくれと、神に祈る。
「はぁ。…てかさ、ぼーっと突っ立ってる暇あるなら、早く探してきてくんない?」
焦げる臭いに顔を歪めていた男たちを不機嫌気味に煽る黒藤。
とばっちりを喰らいたくない男たちは、蜘蛛の子を散らすように、工場跡から離れていった。
男たちが建物の外へ消えたのと入れ替わるように、帽子を目深に被った人間が足音も立てずに、入ってきた。
侵入してきた男に背を向けている黒藤は、その存在には気づいていないようだった。
「楽しみ、……っ!」
すっと黒藤の背後を取った人影は、首に腕を回し、絞め上げる。
黒藤は、素早くフォールディングナイフを形にし、背後に向け振り抜く。
絞めてくる人物を刺そうと試みたが、簡単に躱され叩き落とされた。
首に回る腕を外そうと足掻く黒藤に、男はさらに絞める力を強めた。
「………くぅ、…っ」
真っ赤に染まった顔に、その瞳が光を失う。
全身から力が抜けた黒藤の身体が、床へと打ち捨てられた。
工場内を見回した男は、少し離れた位置に転がっているワイヤーチェーンカッターを手に俺に近寄った。
「遅くなって、ごめんな」
腕を拘束する鎖を断ち切られ、力の入らない身体が床に向かい落ちる。
どさりと男の腕の中へと崩れる俺の身体。
黒藤への仕打ちも、言葉尻からも、この男が俺を助けに来たコトは明白だった。
顔を見ても誰かはわからなかったが、俺は震える手で男の胸ぐらを掴む。
「俺より、明琉を………」
掠れる声で乞う俺。
男は、俺を片腕に抱きかかえながら、足を固定する鎖を断裂させる。
「大丈夫。あんし………」
男のすべての言葉を聞く前に、俺の意識が闇に沈んだ。
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