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第36話 残されている選択肢は
黒藤の名に、あいつの言葉が脳裏に蘇る。
『あのコも可哀想だよな。お前に会わなけりゃ、普通に暮らせてただろうにね』
……その通りだ。俺にさえ会わなければ、苦しいなりにも普通に暮らせていた。
命の危険になど、曝されるコトなどなかっただろう。
こんなボロきれのような俺では、明琉を守れるはずもない。
「暫く、預かって……いや」
たとえ身体が元に戻ったとしても、俺の傍に居れば、明琉はまた危険に曝されてしまう。
「そのまま、そこに置いてやって。腹の刺青も…、消してやって。金がいるなら、俺が払うから……」
繕いながら放つ言葉は、未練に揺らぐ。
でも俺には、手放すという選択肢しか残っていない。
「何を……」
明琉との決別の意図を汲み取った郭遥は、電話口で声を震わせる。
「もう、俺が養わなくても食ってけるだろって伝えてよ」
情けなく放つ声に、疑いの音を孕んだ郭遥の言葉が届く。
「本気…、か?」
馬鹿げたコトを言うなと投げられた疑問符に、俺は言葉を紡げない。
黙り込む俺に、郭遥は考え直せというように口を開く。
「あいつ…、……黒藤なら、俺が潰してやる」
重く吐かれた郭遥の言葉に、俺は首を横に振るっていた。
「怨みを買いすぎた……。俺になんて、会うべきじゃなかったんだ」
黒藤を消し去ったところで、また新たな輩が出てくるだけだ。
間違いだったんだ。
お前に手を出してしまった俺の過ちを、無かったコトにして、何事もなかったかのように過ごしていくなど、虫が良すぎる。
要らぬ自尊心が隠そうと試みていた本心が零れていく。
「傍に置くの、怖ぇんだ。明琉を傷つけそうで、壊されそうで……無理、なんだ」
俺は、不安塗れの素直な心を吐露していた。
俺のせいで、傷つけられ壊さるコトに、堪えられる自信などない。
好きだけど…、好きだからこそ、傍には置いておけない。
ごめんな、明琉。
俺になど、出会わなければ良かったな……。
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