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第38話 これだけは譲らない

 意気地無しな自分が、嫌になる。  誰のせいにも出来ない苛立ちに、不貞腐れるようにカウンターに突っ伏した。  郭遥の携帯が鳴り響いたのは、深夜2時を回った頃。  オレが眠っていると気遣ったのか、郭遥は携帯を耳に当てたままに、奥の扉へと消えた。  ぼそぼそと話す声が止み、再び開いた扉に瞳を向ける。 「天原は、無事だ……」  視線が交差した瞬間に、郭遥は天原の無事を告げてきた。  その言葉に、オレの肩から力が抜ける。  何もなかったとは言っていないが、無事ならそれでいい。 「オレ、帰るね」  早く、会いたかった。  すぐにでも、伝えたかった。  天原が“好きだ”と、顔を見て言いたかった。  意気揚々と立ち上がろうとするオレの肩が掴まれる。 「ダメだ」  怪訝な瞳を、肩を掴む郭遥へと向ける。 「お前のコト、…頼まれた。“もう、俺が養わなくても食ってけるだろう”って………」  目の前が、暗く染まっていく。 「どういう……いみ…?」  その言葉に、どんな意図が組み込まれているかなんて、考えなくてもわかっていた。  でも、理解したくなかった。 「天原は、お前の傍を離れるという決断をした」  苦々しく放たれる郭遥の言葉に、暗闇が完全にオレを飲み込んだ。  “好きだ”と伝えるコトも出来ずに、オレは捨てられてしまった。  呆然とするオレをゆっくりと椅子に座らせた郭遥は、隣に腰を下ろし、無理矢理に視界に入り込んでくる。 「頼まれたからには、俺はお前を守る。腹の刺青も消す」  反射的に、右の脇腹を両手で覆った。 「嫌だっ!」  感情的に反発するオレに、郭遥は子供に言い聞かせるかのように穏やかな声を発する。 「それを消さないとお前は狙われる。それも、天原を敵対視している奴らに、だ。お前とは、なんの因縁もない相手から、狙われるんだぞ?」  巻き添えを喰らいたくはないだろうと諭す郭遥に、オレは頭を横に振る。 「消したく…、ねぇよ。オレ、愛されてたんだろ? その、証だろ? …無かったコトになんて、したくねぇよ………」  目障りな不要品から、大事な宝物になれたのに。  それを幻なんかに、したくない。  また誰のものでもない不要品に戻ったのだとしても、一時でも、必要とされ愛されていたのだという事実を、無かったコトになどしたくない。  我が儘に首を振るい続けるオレに、郭遥は少しの沈黙を挟み、口を開いた。 「わかった。消さなくていい」  郭遥の言葉に、オレは一筋の光に縋るように、涙が迫上がる瞳を向けた。 「でも、それがある限り外でのお前の安全は確保できない。外には出ず、“JOUR”に居ろ。それが条件だ」  どうする? と問うてくる郭遥の瞳に、オレはそれを受け入れた。

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