39 / 97
第39話 羽雨との出会い < Side 天原
黒藤に手酷くやられ、傷が治るまで数ヶ月を要した。
白いユリが咲いていた右胸には、引き攣った火傷痕だけが残った。
明琉の傍を離れるという決断を下すとは思っていなかった三崎は、俺が郭遥へと告げた言葉に少しだけ驚いた顔をしていた。
でも、俺の決意を本気だと悟った後、三崎なりの優しさで、明琉の件には触れてこなかった。
明琉が俺の手から離れ、1年と少しの歳月が過ぎていた。
俺はそのまま、三崎の家に居座っていた。
以前やっていた仕事の中で、復讐代行については廃業し、残ったものは俺を救ってくれた男が引き継いだ。
今の俺は、仕事も金もなく、だらだらと三崎の稼ぎを喰い潰す碌でなしだ。
三崎が経営する4店舗のうちのひとつ、ボーイズバーに閉店直前の時間に呼び出された。
店に入った俺に、カウンターに座りグラスを傾けていた男が、ゆるりと腰を上げた。
「いらっしゃいませ」
接客をしようと動き始めた男に、言葉を投げる。
「座ってていいよ。俺、客じゃねぇから」
男に掛けた声に、バックヤードから三崎が顔を出す。
「羽雨 ちゃん、飲んでていいよ。もう看板は落としたから。直は、ビールでいい?」
そのままビールサーバーまで足を進めながら問われ、“ご馳走さまです”と頭を下げた。
「なに言ってるのかな? 稼げるようになったら、この1年で直に使ったお金、返してもらうからね」
ふふっと笑いながら紡がれた三崎の言葉に、誤魔化すように視線を逸らせた。
カウンターの中央付近に座った俺の隣に、男も腰を据える。
逸らした視界に入ってきた男の姿に、思わず値踏みするように視線を走らせた。
真っ黒なストレートの髪の隙間から見える一重の目許に、綺麗な鼻筋の下には薄い唇。
一言で表すなら、美人系の顔つきだ。
175センチほどありそうな身長のわりに線は細いが、バランスの取れた靭 やかな体型。
「……お前、綺麗だな。売れそうな顔してる」
両手の親指と人差し指で四角を作り、座っている男を覗く。
男は、胸のポケットから名刺入れを取り、1枚を俺に差し出した。
「何本か出てますよ。タチだけど」
差し出された名刺には、三崎が運営するゲイビデオのレーベルの名と夕波 羽雨の文字。
やっぱりな。
俺の語り口調から、内情を知っていると読み取った羽雨は、なんの躊躇いもなく自分の本職を明かす。
ともだちにシェアしよう!