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第41話 三崎の企み

 羽雨は、自分の仕事に誇りを持っていた。  引け目やコンプレックスという言葉は、羽雨とは無縁に思えた。 「ま、直にさせたい仕事は、演者の方じゃなくて、管理とか撮影の方だけどね。暫くは、羽雨ちゃんの付き人やって、仕事覚えてほしいんだ」  どうかな? と首を捻る三崎に、俺は戸惑いながらも首を縦に振る。 「ぁあ。それなら……」  俺も、そろそろ働かなくてはと考えていた。  いつまでも、三崎のところで、穀潰しのままという訳にもいかないと思い始めていた。 「じゃ、そういうコトで。直は、今日から羽雨ちゃんの家に行ってね」 「は?」 「え?」  俺と羽雨の驚きの声が、重なった。 「一緒に住んだ方が、なにかと便利でしょ?」 「今日からって……」  ぼそりと零す俺に、三崎は不思議そうな瞳を向けてくる。 「直の荷物なんてないでしょ。服だって数えるくらいしかないし。身体だけあれば、引っ越せるでしょ?」 「いや。俺は、いいけど……」  言い淀みながら、羽雨へと向けた瞳には、諦めの色を浮かべる顔が映る。 「わかりましたよ。三崎さん、言い出したら聞かないでしょ……」  溜め息混じりに声を放った羽雨は、気怠げに腰を上げた。 「あとはやっておくから、今日は上がっていいよ」  機嫌を良くした三崎は、羽雨に仕事を上がるように指示を出す。 「オレ、荷物取って裏から出るんで、表で待ってて下さい」  疲れた顔を隠そうともせずに、俺に声を放った羽雨は、バックヤードへと姿を消した。  店を出ようと腰を上げる俺に、三崎の声が降ってくる。 「羽雨ちゃん、変な奴に絡まれやすいから。気をつけてあげてね」  三崎の笑顔には、目論見が成功した際の浮かれた色が滲んでいた。  俺は片手を上げ、店を後にする。  最初から、そのつもりだったのだろう。  純粋にボディガードとして頼まれたのなら、俺は断っていた。  でも、“付き人”という隠れ蓑の裏に、羽雨の身辺警護を盛り込まれてしまえば、俺はやるしかなくなる。  まんまと三崎の企みに嵌められたな……。  外に出てから5分ほど。  なかなか姿を見せない羽雨に、店の裏口に続く通りを覗いた。  細い路地の先に、困惑顔の羽雨とひょろ長い男の後ろ姿を見つける。  さっそくかよ……。

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