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第43話 鳴かされた心臓 < Side 羽雨

 普通のフリをして生きていくコトに、疲れた。  オレは、高校の卒業と同時に、表の世界からドロップアウトした。  表の世界(マジョリティ)で平静を装い息苦しく生きるくらいなら、なにも飾らない地のままで暮らせる裏の世界(マイノリティ)の方が、居心地が良かった。  誤算だったのは、甘やかしてもらえないコトだ。  オレが甘えたいと感じても、大抵の相手は、“お前はそういうキャラじゃねぇよ”と笑って煙に巻かれた。  金になるから、そういうビデオにも出た。  別に借金を負っていたわけじゃない。  オレは、他人にのではなく、自分から進んで。  顔や身体には、自信があった。  オレの出る作品は、どちらかと言えば女性向けだ。  綺麗で可愛い男同士のセックス。  何度か抱かれる立場でも撮影を試みたが、監督が首を縦に振らなかった。  ネコとしての魅力が、オレには足りなかった。  三崎の鶴の一声で、天原と一緒に暮らすコトが決まってしまった。  部屋は余るほどあるし、天原1人くらいが増えたって、オレに不自由はない。  真っ暗な家に帰り着くと、なんだか寂しくなる時があると零したオレの言葉を三崎が覚えていたのだろう。  仕事終わりに三崎に追い払われるように帰され、荷物を手に裏口から出たオレを待っていたのは、最近、周辺をうろついている男だった。 「お疲れ様。待ってたよ」  駆け寄ってきた男は、携帯の録画機能を起動する。 「ね。あのビデオみたいにさ、オレのコト罵ってよ」  男は、ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべながら、携帯のカメラを向けてくる。  あれは役柄であって、オレじゃない。  “罵れ”と言われても、よく知りもしない相手に、そんな言葉がすらすらと出てくるものじゃない。  男の片手が、股間を弄り始める。  自分が、こいつのオカズになっているのかと考えると、少なからず虫酸が走った。 「いいでしょ、減るもんでもないし。どこかにアップしたりもしないから……」  言葉の端々に、変態染みた呼吸音が混ざる。  下手に刺激したくもなく、どう対処するべきなのかと戸惑っていた。  そんなオレの横を、不機嫌さを隠しもせずに、近づいてきた天原が通り過ぎた。  次の瞬間、オレの後ろに回った天原に、ぐっと腰を抱き寄せられる。  オレを隠すように身体の影に押しやった天原は、携帯のレンズを片手で塞ぎ、じとりと男を睨む。  気圧された男の勢いは失速し、天原の言葉通りに映像を消去した画面を曝してきた。  オレの肩を抱いた天原は、何事もなかったかのように、歩き始める。  一連の天原の動作に、オレの心臓がどくんどくんと、鳴いていた。

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