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第54話 よりにもよって < Side 天原

 監督として呼ばれた現場で、撮影をしていた。  撮っているのは、羽雨の“委員長の小鳥”シリーズの最新版だ。  相手を壁へと追い詰めた羽雨。  ネコ役である相手をメインに撮影するため、羽雨が映る時間は短い。  そのわずかな時間で雄の色香を溢れさせ、画面の向こう側にまで興奮を響かせる。  正直、この仕事は羽雨の天職だと思っている。  逃げられないように、相手の顔の横に片腕をついた羽雨は、空いている片手で器用に自分のベルトを外す。  前を寛げたスラックスは重力に従い、ずり落ちる。  相手の耳許へ唇を寄せ、舌を伸ばした羽雨は、下着一枚になった下腹部を相手の腰へと(こす)りつけた。 「なんだよ…、これ」  ずれたスラックスに、羽雨の左の外腿に咲く白いユリが、モニターを見ていた俺の視界に飛び込んできた。  ぼそりと放った声を拾った羽雨は、俺を見やり、歪んだ表情に動きを止めた。  腰から膝辺りまでが露になっている羽雨の下肢。  ボクサーパンツで隠れる場所のすぐ下に、真っ白なユリが描かれていた。  手を振り撮影を止め、羽雨にずかずかと歩み寄る。  だが、混乱した頭では、上手く言葉が紡げなかった。  険しい顔のままに刺青を見やる俺に、視線を追った羽雨は、何でもないコトのように呟く。 「カッコいいだろ」  所属している演者の中にも刺青を入れている者もいるし、ダメだとは言わない。  映らないようにアングルを調整するコトも可能だし、CGで消し去るコトも出来なくはない。  でも、何故。  よりにもよって、白いユリ……、俺の胸に描かれていたものと同じデザインなんだよ。 「悪ぃ。今日は中止だ……」  羽雨のスラックスを引き上げ、ムカムカとする胸に、髪を搔き毟った。  あの時の痛み。  あの時の苦しさ。  あの時の悔しさ。  あの時の虚しさ。  苦痛と後悔に塗れた虚しさが、胸に穴を空けていく。  自分の身体から、血の気が引いていくのが、はっきりとわかる。  土壇場でのキャンセルに、空気がざわつく。 「なに言って……」  突然何を言い出すのかと、俺に詰め寄ろうとした羽雨の言葉が止まった。  俺の青白い顔に、事態を察した羽雨が矛先を現場スタッフへと変えた。 「ごめん。今日は止めよ。近いうちにリスケしてお知らせします」  ごめんな、と目の前の相手に改めて詫びを入れた羽雨は、俺の手を引き現場を後にした。

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