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第55話 あんな思いはしたくない

 家に帰り着いた羽雨は、三崎に連絡を入れ、撮影の日取りを組み直す。  恥ずかしいところを見せてしまった情けなさと未だに燻る胸に、羽雨が後始末をしてくれるのを、ただ見守るだけだった。  一段落ついたのか、ふっと息を吐いた羽雨が、ソファーに座る俺の横に腰を下ろした。 「なんだったの?」  優しくもないが冷たくもない声色で問うてくる。  面倒をかけてしまったからには、隠したままではいられない。  俺は火傷痕の残る右胸を指先で突っつきながら、口を開いた。 「昔、俺のここにお前の足にあるのと同じ刺青があったんだ。好きなヤツの腹にも同じ刺青を入れた……」  羽雨の太腿にあった白いユリ。  明琉の脇腹を飾っていた鮮やかな刺青を思い出す。 「昔の俺は、碌でもない稼ぎ方をして生きてた。怨みを買わない方が、稀だった。腕っ節に自信があった俺は、人とつるむコトを嫌ってた。無駄な媚を売るくらいなら、伸した方が早いと思ってたんだ」  ぽつりぽつりと呟くように話す俺に、羽雨は、ただ黙って聞いている。 「自分の身は自分で守れるし、自分1人ならどうとでもなってた。でも、大事なヤツが出来て、そいつは俺のものだから手を出すなっていう牽制を込めて、そいつの腹に同じ刺青を入れた」  大きな溜め息が、口を衝く。 「守れると思っていたんだ。自分を過信してた……」  ははっと乾いた嗤いが漏れ落ちた。  自分自身を、嘲笑う。  浅はかな俺は、自分がこの世で最強だとすら思っていた。 「しくじった俺は、敵対する相手に捕まった。ボコボコに伸されて胸の刺青も焼かれて、…そいつの、大事なヤツの命まで危険に曝した」  ……出会うべきじゃなかった。  俺なんかと関わらなければ、明琉は普通に暮らしていた。  俺が明琉の人生、狂わせた。 「天狗になっていた俺は、好きなヤツの人生を狂わせたんだ。もう、あんな思いしたくねぇんだよ」  怖くて、苦しくて、痛くて、情けなくて。  後悔だけが、胸に残った。  ありもしないタラレバで、出会いにさえも苛立った。  両手で顔を覆い、見えない天井を仰ぐ。  俺が間違えて、引き込んでしまったから。  俺に出会わなければ、明琉は“JOUR”で働く必要もなかった。  もっと、日の当たる場所で暮らせていた。

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