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第57話 あしらわれるトラウマ

 むしゃくしゃとする胸に、ふと、疑惑が沸き上がる。 「明琉が、出たがってんのか?」  くっと眉根を寄せ問うた俺に、羽雨は首を横に振るった。 「いや違うよ。明琉は出たいって言ってるコの売り込みに来ただけ……」  胸許の火傷痕が痛む度に、後悔した。  俺に出会わなければ、明琉は真っ当な人生を歩めたのに、と。  “JOUR”で働くという心の傷も、刺青という身体の傷も、明琉が背負う必要のなかったものだ。  出演の希望者が明琉ではないとわかり、ほっとする。  だが。 「そんなもん、早く消しちまえ。あの時の残党が、まだいるかもしんねぇ。何年も前の話だし、今さら絡んでくるヤツはいねぇだろうけど……もう俺のせいで人生狂っていくヤツ、見たくねぇんだよ」  ほんの一握りの懸念も、放って置きたくなかった。  明琉の二の舞には、したくなかった。 「オレ、消す気はないよ。むやみやたらに人に見せなきゃ良いだけの話でしょ。映像だって、撮り方次第で映らないように出来るでしょ」  俺の長話に疲れたと言わんばかりに、ソファーへと体を沈めた羽雨は、小馬鹿にするように、ふっと笑む。 「あんたのせいで人生が狂ったなんて、思い上がりも(はなは)だしいね」  羽雨は、俺のトラウマを鼻であしらった。 「人の生き様なんて、あんたに左右できるわけないじゃん。ちょっとした“きっかけ”程度にはなってるかもしれないけど、明琉の今に、あんたは関係ない。明琉の今を作ったのは、あんたじゃない。そんな大それたコト、1人の人間が出来るわけないでしょ。神様でもあるまいし。あんたにそんな力、あるわけないでしょ」  俺が重く受け止めた事象を、羽雨はさらりと蹴散らした。 「オレの人生が狂うかもって言ってるけど、心配しなくても、オレの人生なんて、あんたに会う前から狂ってんだよ」  ははっと軽快に笑った羽雨は、言葉を繋ぐ。 「マジョリティになんてなれなくて、普通なんて夢のまた夢でさ。普通の世界に馴染めなくて、異色と言われる場所に飛び込んだ」  言葉の中にある解放感に、羽雨の身体が伸び上がる。 「息を殺して、誤魔化して、隠れて生きてくなんてうんざりで。自分らしく生きるのに、オレは身体を売ってんの。狂ってるって言われようと、気色悪いって思われようと、オレの居場所はここなの」

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