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第58話 大事なものじゃないけれど

 はぁっと息を吐いた羽雨の瞳が、俺を見据えた。 「オレはオレの選択でこの道を歩いてる。明琉だって、違う道に行きたければ、行けたでしょ。この刺青も自分の意思。オレが好きで入れたの。あんたのせいじゃない」  俺のせいじゃない。  その言葉は、俺の背中を軽くする。  お前は、大物でも何でもない。  人の人生を変えてしまうほどの影響力など、お前になんてありはしない。  ……その通りだ。  明琉への罪悪感は、恐怖から逃げた臆病な自分を隠す蓑。  情けない自分が、羽雨の手により暴かれた。  剥がされてしまった簑に、自尊心など消えていた。 「怖かったんだ。俺の傍に置いて、俺のせいで苦しませる。下手したら、命も失う。セックスが出来なくなったのも、大事なものを失いかけたせいだ。明琉が苦しそうに足掻く姿が頭に広がって、俺まで苦しくなって。でも、俺はなにも出来なくて……」  小さい自分が、嫌だった。  弱い自分が、情けなかった。  こんな思いをするくらいなら、誰も好きになどなりたくないと、恐怖心を膨らませ興奮を押し潰して瞳を背けた。  情けない俺は、言い訳を並べる。  守るものなど足枷にしか、ならないから。  生きていくには、余計なものは背負わない方がいい。 「失うくらいなら初めから持たない方がいいんだよな。大事なものなんて、……」  守れないものを守ろうとなんてしなければいい。  初めから、そんなものを手に入れなければいい。  独りぼっちで、いればいい。 「寂しいコト言うね? オレは、そんなの嫌だけどね。突き放されても、蹴飛ばされても、意地でしがみついて傍にいる方を選ぶ。オレは、あんたに失う寂しさなんて与えない。ウザいくらい、まとわりついてやるよ」  俺が強がりで要らないと言った大切なものは、本当は、欲しくて欲しくて堪らないものだ。  強がりを見越した羽雨は、俺の腿の上に頭を乗せてくる。  お前が手放しても代わりに自分が掴んでやると言うように、膝の上から手を伸ばし、俺の頬を両手で包んだ。 「オレはあんたの大事なものじゃないけど、あんたはオレの大事なもの。……オレは好きなんだよ、あんたのコト」

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