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第60話 その心が、欲しいんだ

 天原の瞳が、画面の中のオレを追っている。 「(ニセモノ)のオレ見て何が楽しいの?」  オレの昔の出演作を飽きずに見ている天原に、呆れの混じる疑問符を投げた。 「お前の色気…、すげぇよな」  画面を見詰めながら、感嘆の色が浮かぶ声を返してくる天原に、肝心の人には響いてないみたいだけどね…と心の中で嫌味を呟く。  ふと、一時停止のボタンを押した天原は、画面からオレへと視線を移す。  もう一度画面へと向けた瞳に、口を開いた。 「この唇、お前のじゃねぇな。…なんでキスしねぇの?」  不思議そうにオレを見やる天原。 「いいじゃん、オレがしてるように見えてるんだから……」  抱きたくもない相手を抱くのだから、キスぐらい替えを立てたっていいじゃないか。  そのくらいのズルは、見逃して欲しい。 「そういえば、お前が奉仕してる映像()ってねぇよな」  再び再生ボタンを押した天原は、視線を画面へと戻し、ぽつりと零す。 「ビジネス、だからね。しなくていいなら、やらない」  好きでもない相手に奉仕する気持ちなど、オレにはない。  真面目に画面を見ている天原の横顔を眺めた。  天原の頬を両手で包み、膝の上から告げたオレの想い。  オレの手は、やんわりとそこから剥がされた。  自由になった天原の顔は、天井を仰ぐ。 「そっか………」  他人事のように呟いた天原に、オレの告白は、ふんわりと空気に混ざり消えていった。  弱っている天原に、それ以上は突っ込んでは、いけなかった。  見詰めているうちに、オレの気持ちがじんわりと溢れてくる。  堪らなくなったオレは、そっと顔を寄せ、その頬に唇を落とした。 「あんたを好きなのは、ビジネスじゃないよ。完全プライベート」  唇の感触に、天原の瞳が少しだけ戸惑いの色を見せた。  でもすぐに、その顔はいつもの表情を取り戻す。 「役に立たない俺のどこに好きになる要素があるんだか……」  解りやすく首を傾げた天原は、画面を見詰めたままに伸ばした手で、オレの頭をくしゃりと混ぜる。 「セックスのひとつも出来ねぇ俺の傍に執着する必要なんてねぇんだぞ……」  頭を撫でていた手で、オレを突き放そうとする。  オレはその手を払い、溜め息混じりに本心を紡ぐ。 「そんなの気にしない。オレの目当ては、あんたの身体じゃないんだよ」  その心が、欲しいんだよ。

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