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第61話 狡く躱す < Side 天原

 失うくらいなら初めから持たない方がいいという俺に、羽雨はオレならそんな想いはさせないと言い切った。  羽雨の中で大切なものとして位置付けられている俺。  俺のコトが“好きだ”などと言い始めた。  それは、どうしようもなくダメな俺に対する同情に過ぎない。  手放し逃げたのは自分のクセに、未だに明琉への想いを消せずに、思い惑う。  羽雨に惹かれていない訳じゃない。  だけど、俺の心は中途半端に揺らいでいる。  そんな俺は、羽雨の想いを素直に受け取れない。  だけど、離れるコトもできなくて、狡く躱す。  羽雨からのストレートな告白を、のらりくらりと誤魔化していた。  監督として撮影した“委員長の小鳥”シリーズの評判は上々だった。  スタッフたちから信頼され始めた俺に、三崎は当初の予定通り、レーベルを譲り渡す。  譲り受けたレーベルでは、“JOUR”上がりの演者も数人、抱えている。  レーベルと“JOUR”が無関係ではない以上、そろそろ郭遥の前に姿を見せるべき時期だと、腹を括った。  新しくレーベルを管理する人間が、“JOUR”のトップに挨拶をしたがっていると羽雨に連絡を取ってもらい、郭遥のスケジュールを押さえてもらった。  俺が直接電話を掛けても良かったのだが、あまりにも長い5年というブランクに、羽雨にクッションの役割を担ってもらった。  羽雨と明琉の話し合いは、1度目はレンタル会議室だったが、その後の打ち合わせは、愁実のバーで行われていた。  羽雨は、郭遥とも何度か会ったコトが、あるらしかった。  セキュリティには羽雨と一緒であれば通すように言っておくと前置きをした郭遥は、愁実がいる完全会員制のバーを指定してきた。  三崎がレーベルを譲った相手であり、羽雨の口添えともなれば、郭遥が素性を知らない相手でも、信頼を得られた。  指定された日時に、バーを訪れる。  客の来店に愁実は、グラスを磨きつつも、ちらりと視線を投げてきた。  俺だと認識した瞬間に、愁実の顔が驚きを帯びた。  絶句している愁実に、オレは頭を下げる。 「新しい管理者って……」  グラスを磨く手を止め、絞り出すように言葉を放つ。 「そう、俺。恒さんから引き継ぎました。何年もご無沙汰して、すいません」  頭を下げる殊勝な俺に面食らった愁実は、慌てグラスを置き、カウンターからこちらへと歩み寄る。 「そんなの、いいよ。……元気そうで、良かった」  安堵の思いを表すように、愁実は心底、嬉しそうに微笑んだ。 「郭遥、直ぐに来るから」  カウンターの椅子を引き、俺と羽雨を座らせる。  明琉を連れ歩いていた頃。  打ち合わせは、いつもここだった。  俺が郭遥と仕事の話をしている間、明琉は愁実と楽しそうに歓談していた。  懐かしさと一緒に浮かんできた笑っている明琉の残像に、胸がキリキリとした痛みを放つ。

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