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第64話 そんなものは持ち合わせてはいない

 明琉と離れてからの俺は、暫く空っぽだった。  抜け殻の俺は、三崎に世話をかけるくらいならば消えようなんてコトを考えるほどの余裕もなかった。 「それに、俺の刺青はもうない。黒藤に焼かれたんでね……」  シャツの襟を引っ張り、火傷痕の端を見せてやる。  郭遥の顔が、焼かれた瞬間の苦痛を思い描いてしまったかのように歪みを見せた。 「羽雨のあれは、純粋な好奇心と憧れ……」  羽雨の足に映えていた白いユリを思い出し、無意識に溜め息を吐いていた。 「そういえば、羽雨のヤツ、白ユリ入れたらしいな?」  自分の腿を軽く叩いて見せた郭遥は、言葉を繋ぐ。 「……黒藤はあの後、比留間に潰してもらったから、まぁ心配は要らないだろがな」  気をつけるに越したことはないと、郭遥は注意を促す。 「ぁあ。羽雨には、全部、話した。俺が捕まったコトも、明琉のコトも。……消せって言ったんだけど」  苦い顔のままに息を継ぎ、言葉を繋ぐ。 「お前の身も危険に曝されるし、明琉みたいに人生が狂っちまうかもしれないって言ったんだけど。消す気はないの一点張り」  眉根を下げ、盛大な溜め息を吐いた。 「……俺のせいで人生が狂ったなんて思い上がりも甚だしいってさ」  俺が背負っている業を、羽雨は軽くあしらった。  あまりにもあっさりと扱われた悩みに、ずっと心を縛られ続けている自分が馬鹿なのかとさえ思った。  自分が滑稽に見え、ははっと乾いた嗤いが漏れる。 「あいつは、強い……」  羽雨の強さは、人と比べるのではなく自身が決めた道を余所見もせずに突き進める自尊心の強さだ。 「そうか?」  郭遥の声に、瞳を向ける。 「俺には、躱すコトが上手なだけに見えるけどな。……傷がついたとしても、それを傷だと認識しない。こんなものは傷じゃない、大したコトじゃないって自分の心に誤認させて、感じた痛みをなかったコトにする。……自分を(あざむ)くのが上手いだけだろ」  郭遥には、羽雨は弱い自分に瞳を向けていないだけのように見えるらしかった。 「あいつは自分を俯瞰で見てる。周りから、どう見えているかわかった上で、自分を出さない。…求められる自分を演じてる。羽雨の心は、小さな傷をいっぱい抱えているんじゃないか? 俺には本当のあいつが、見えないよ……」  困ったものだというように、郭遥は眉尻を下げて見せた。 「無数のヒビが繋がり亀裂となって…、割れてしまうのは一瞬だ」  ぼそりと呟いた郭遥は、誰かが包んでその亀裂を塞いでやれればいいんだけどな…と、期待を孕む瞳を俺へと向ける。 「俺に、そんな包容力ないっすよ……」

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